9 春のうらら

春のうららと聞けば、どなたも、あの瀧廉太郎作曲の唱歌『花』を思い出されると思います。この季節になると思わず口ずさみたくなる歌。

♪はるのうら~ら~のす~み~だ~川♪

この歌詞と同じ歌に源氏物語で出会った時は驚きました。六条院の春の庭で船楽が催された時のことです。船に乗った女房たちが美しい春の眺めにうっとりして次々に詠んだ歌のひとつがそっくりなのです。

 

風吹けば波の花さへ色見えてこや名に立てる山吹の崎

春の池や井手の川瀬にかよふらむ岸の山吹そこもにほへり

亀の上の山もたづねじ船のうちに老いせぬ名をばここに残さむ

春の日のうららにさしてゆく船は棹のしづくも花ぞ散りける

などやうのはかなきことどもを、心々に言ひかはしつつ、行く方も帰らむ里も忘れぬべう、若き人々の心をうつすに、ことわりなる水の面になむ。

(胡蝶の巻)

水面に散った桜

♪櫂の雫も花と散る♪

と全く同じ。棹が櫂になっただけではありませんか!

寝殿造りの庭園の池に浮かぶ龍頭鷁首りょうとうげきしゅの舟と、隅田川を行き交う船とではかなり趣が違いますが。