清躬くんのかの女なら─あなたはそれに相応(ふさわ)しく見える──もっとしっかりしているはずでしょうに。そうした歯がゆい気持ちが知らず知らず相手にきついことを言う口調になっていることに途中で気づいて、橘子は反省した。
「清躬くんに、家のこととかなにかきいたことないんですか?」
橘子は問いかけた。
「いいえ。私も遠慮があって、清躬さんにはあまりきけなかったんですけれども」
「遠慮?」
「御自分で話されないのをいろいろきくのも辛くて」
どうしてそうなるのだろう。橘子は疑問におもった。それに清躬は気をつかわないといけないような人になったんだろうか。
容姿は子供の時のおもかげがかわらなかったとしても、性格はがらりと一變(いっぺん)することがあり得る。思春期というむつかしい年頃を経過し、子供時代と訣別するのだから。それでもまだ清躬を信じたい気持ちが橘子にはある。
「私が知る清躬くんはもっと親切で、ひとのことをおもう、心の優しい子だったけれども──御免なさい。私が言うことじゃないわね」
「いえ、清躬さんは今もそうです。きっと誰より優しいひとです。優しいんです、優しいから、気をつかって、話がしにくくなってるんです」
今までになく強い調子で棟方さんが言った。かれのことを愛し、信じている。そのことが伝わる言い方だった。
いいひとだと橘子はおもった。清躬にもいいひとだ。初めて橘子は棟方さんに親しみをおぼえた。清躬は今も優しいと今の戀人(だろう)が言う。
橘子は昔の清躬のことを想い出す。二人でよく二階のベランダに出て話をした。かれが隣に越してきた時、二人とももう小学校五年生になっていたから、最初はお互い照れあっていたけれども、気がつくとそれぞれがきまった時刻にベランダに顔を出すようになっていた。
ベランダ越しだと二人の間に程よい距離があり、清躬の声の温かみや表情のかがやきを膚(はだ)で感受するようで心地(ここち)よかった。
それにしても、優しいかれに対して、どうして気をつかって話しにくくなるんだろう。よく考えると、意味がも一つわからない、と橘子はふと疑問に感じた。気をつかう要素はほかにあるのでは?
尤も、立ち入ったことはきけない。