清躬さんは、きっと誰より優しいひとです。
しかし、今度は二人の間の関係に焦点を当ててみると、今の棟方さんの言動から考えて、戀人の間柄と素直に言いきれないような、なかなか難しそうな事情が二人にはあるようだった。
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その難しい事情の原因をつくって今のかの女を困惑させているのが清躬の所為(せい)だとしたら、人間的な面で昔とかわってしまったのかもしれない。見かけの印象がかわらなくても、内面的なものがすっかりかわっているとしたら、そのほうが残念だ。
だって、昔の清躬は本当に素直で優しく温かい子だった。
好きなひとにこういう複雑なおもいをさせるはずはないのだった。勿論(もちろん)、原因はもっとほかのことにあるのかもしれないから、あまり勝手な想像はいけないけれども、いずれにしても、清躬が今どうなっているのか、橘子にも非常に気にかかってくる。
「ちょっときいていいですか?」
話に整理をつけるために、橘子からきりだした。
「はい?」
顔を逸らせていた棟方さんが元になおって、橘子のほうを見た。
「あの、その前に言っておきますと、さっき見せていただいた紙に書いてあった住所の番地は私の家の隣です」
「隣?」
「ええ。つまりね、清躬くんは昔、私の家の隣に住んでいて、」
そこで橘子は手で隣の方向を示した。
「それがそこの住所なの」
「え、じゃあ、私、家をまちがえて─」
「ええ。でも、今から隣に行っても意味ありませんよ。だって、清躬くんのおうちはとっくに引っ越しされてるんですから。小学校六年の時だから、もう十年近く経ちます」