「無事に終わりましたよ」
麻酔から目が覚めた森本さんに声をかける。
「ありがとうございました」
朦朧としながらも、森本さんは安堵の表情を浮かべた。
手術控え室ではご主人が待っていた。
「お待たせしました。手術は無事に終わりましたよ」
「そうですか。よかった」
部屋に入った時は苛立ちを隠せない様子だったが、僕たちの表情で手術が特にトラブルなく終わったと直感したのだろう。とても安心した様子だった。
「虫垂は一部壁が破れていて、お腹の中に膿が広がっている状態でした。そのため洗浄したり、炎症による周りとの癒着を剥がしたりして時間がかかってしまいました。術後もしばらく抗生物質の点滴が必要ですが、手術して良かったと思いますよ」
「ありがとうございました」
それにしても2時間30分もかかるとは、森本さんにも待っていたご主人にも迷惑な話だ。
しかも、それで感謝されるなんて申し訳ない。もっと早く手術ができるようにならないといけないと強く思った。
「お疲れ様」
「お疲れ様でした。ありがとうございました」
外はすでに明るい。医局の時計を見ると7時を指していた。医局のソファでコーヒーを飲みながら田所先生と手術を振り返った。
「トラブルなくできたことが一番だよ。穿孔している虫垂炎の手術はそんなに簡単じゃないんだ。洗浄も難しいし」
「はい、でも2時間30分はかかり過ぎですよね」
「仕方ないよ。山川君の手が動かなくなったら交代しようと思っていたけど、ちゃんと手が動いていたから、最後まで任せたんだ」
「言われるがままに動かしていただけで、手術の時のことはあまり覚えていません」
「ははは。研修中はそんなもんだよ。でもずっとこのままではダメだからね」
「はい。頑張ります」
「術後も主治医として森本さんを診て、何かあったら相談してね」
僕は寝不足で頭が重かったが、幸せな気持ちでいっぱいだった。いろいろと辛いこともあったが、夏休みにリフレッシュできたことで、また切り替えて頑張ろうと思えるようになった。田所先生の優しさになんとか応えられるよう頑張りたい。
「急がないと、もうすぐカンファレンスが始まっちゃう」
田所先生は腕時計をちらっと見ると、その場を去って行った。
「ありがとうございました」
田所先生の背中に声をかけると、先生は右手をさっと上げた。
(さて、僕もカンファレンスに行かないと)
冷めたコーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。窓から溢れる朝焼けが眩しかった。今日もまた1日が始まる。