現代セルビア文学におけるホラー、SFのジャンルの旗手として活躍しているゴラン・スクローボニャ。衝撃作『私たちはみんなテスラの子供 前編』を日本初公開します。
第一章 カンタレラ! カンタレラ! 一九一九年六月
アンカは後ずさりしてグリマルディから離れる。一方、男のほうは今度は腸に広がった激痛のため身をよじる。男は女のほうによろめくが、女は少し脇に身をよける。そしてグリマルディはつまずき、膝が崩れてどっと倒れる。
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彼の体は新たな痙攣でのたうち、彼は女の方に顔を上げた時に突然のひらめきで目玉が飛び出そうになる。彼はいきなり悲鳴を上げる「Cantarella! Cantarella! Cant……(これは、毒薬カンタレラだ)」
「近いけど、違うわ」
アンカは明瞭なイタリア語で静かに言いながら、自分の足元で痙攣して、手を差し出している男を冷たく眺めるのだ。
「あなたが飲んだのはヒ素ではありません、グリマルディ様」
男は再び狂ったように見つめる。今や、彼の眼には痛みに加えて、突然襲い掛かった恐怖が認められた。
そしてグリマルディは、女が本当の名前で自分に話しかけてくる意味を理解した。
「あなたが飲んだあの甘いアメリカ飲料のグラスの中に、アフリカの茶色グモの毒から抽出された五十ミリグラムの物質が入っていたのよ。
言っておきますが、効果てきめんです。香りも味もなく簡単に溶解するので、あなたがトイレに行っている間にグラスに投げ入れるのは、私にはたやすい事だったわ。その効果は、消化器系に投与されてから約二時間後に現れるの。だからこの毒は、究極の信頼性があるの」
グリマルディは桟橋の石畳の上で身をくねらせていた。歯を食いしばって、その娘が言うことを拒絶したいかのように頭を振った。乱れた黒髪が汗で濡れて、彼の額の上に落ちた。
「あなたが感じている苦しみが手に取るようにわかるの。グリマルディ様」アンカ・ツキチは軽蔑のこもった声で続けた。
殺し屋の腹の奥底から、鈍く湿っぽい音が伝わってきた。突然激しい痙攣に見舞われ、素敵な夏物ディナースーツのズボンを汚しながら、血まみれの下痢を噴出させる。アンカは吐き気を催して、その男から五十センチほど離れる。
「やはりその通りだわ。下痢は、胃痛、痙攣、発汗、筋肉痙攣、爪の脱色と並ぶ主要な症状のひとつであると」