普段、人間が自分の身体で一番目にするのは、手ではないだろうか。今、手背の皮下に手根骨が扇の骨のように放射状に露出しつつある。その骨に、林檎の木にまとわりつく蛇のように、静脈が絡み付いている。これが見なれた手の内部なのだ。手背の皮下に疎性結合組織は、わずかしかない。その組織と脂肪を除くと、手背筋膜があらわれる。この筋膜は手首の所で伸筋支帯と呼ばれる厚い膜を形成し、前腕伸筋群の腱を六つに分けてそれぞれ束ねている。
次に前腕の伸筋を剖出する。手首や指、腕を伸ばそうとする働きを持つ筋群だ。扇形をしている肘筋、尺側手根伸筋、総指伸筋、など。ここで興味を引いたのは、腱鞘という構造だ。手足の筋肉の腱が手首、足首で複雑に接近、交錯しているのに、何の支障もなく手指、手首などが動くのは、この腱鞘のおかげらしい。おおまかに言えば、腱鞘の中に滑液という潤滑油の役目の液が入っていて、その中に腱が浸っている感じだ。
よく腱鞘炎が起こるとその働きがさまたげられるので、痛むのだろう。一体、こうした事実は自然の妙などと言われるが、最初からこのようだったのだろうか。不完全だったものが何代も経て必然的に進化してこのように精密、精緻な構造になったのだろう。心の底から願う事は実現するという。僕はそれを今まで信じなかった。しかし、例えその一代で実現しなくとも、願い続ける事で、いつかは未来の子孫で実現できるかも知れない、と考えはじめた。