血の糸

6月29日、午前6時15分頃。沖田刑事は二つ先輩の香村刑事ほか3名の捜査員とともに、事件現場であるアパートに立ち入った。

【人気記事】JALの機内で“ありがとう”という日本人はまずいない

ベッドの上には、女が仰向けになって死んでいた。齢は20くらい。全裸である。赤色のスカートと薄緑色のブラウス、それに下着がベッドの横に落ちている。

両手を頭の上の方に〝Uの字〟のように伸ばす格好の死体は、みずみずしい肌をしている。もしも、枕元の電気スタンドのコードが首に巻きついていなければ、美しいとも思える裸婦の姿だ。

事実、女の顔は、うっすらと笑みを浮かべているようにすら見えた。室内には、化粧品とも果実の匂いともつかない甘酸っぱい匂いが漂っている。

「害者は、普通の女じゃないな」

現場に入ってすぐに香村刑事が言ったが、間もなく、この女が普通ではない、ということが知れた。

女は、二宮啓子(21)、女子大学生。学生ではあるが、1ヵ月に15日から20日間は夜の商売をしていた。すなわち、肉体を売っていたとわかった。

街では〝ケイ〟と呼ばれ、かなり人気があったらしい。それを裏付けるように、死体からは性交の形跡が認められた。室内に荒らされたり物色されたりした様子がなく、死体にまったく外傷がないこと等から、二宮啓子の顔見知りによる犯行であることは間違いない、と思われた。

やや吊り上がったキツネ目の沖田刑事は、ピンク色をした花模様のカーテンを開き、ガラス窓を開けた。昨夜からの雨は、まだ烈しく降り続いている。湿った空気が、フーッと部屋に流れ込んできた。

彼は窓の外に顔を出して、大きく深呼吸をした。

「活発な娘さんだったから、この犯人(ほし)をあげるのは難しいかもしれんな……」と、ひとりごとのように言った。それから視線を窓外から室内へ移した。

何となく辺りを見回していたが、つと壁面とベッドの隙間に注目すると、そこには、1本の煙草があった。枕元の灰皿の中には、長い吸い殻、短い吸い殻、口紅が付着したもの、クシャクシャになってちぎれそうになったもの等、さまざまな吸い殻が入っていた。