そこへ農作業の帰りか、背負い籠姿の若い夫婦が幼子の手を引いて畦道を歩いてきた。吾作が声を掛け、今年の米の出来具合やら用水の水量などについて夫婦に聞いていると、夫婦の幼い娘が、きれいと思ったのか結衣の着物を泥のついた手で触っていた。
「ちょっと~、汚いわねえ。やめなさいよ。触らないで!」
幼い娘を振り払った。その拍子に幼い娘は尻もちをつき、稲の上に転がって稲を倒してしまった。
「あっ、お嬢様、申しわけねえ。とんだことをしました。勘弁してください」
母親が幼い娘を抱え起こすと、ふたりして頭を何度も下げた。
「ふん、吾作、もう帰りますよ。着物が汚れたわ」
吾作はどうしたもんかと苦りきった顔をした。そこへ結衣の傲慢な態度に我慢しきれなくなったのか、伊助がしゃしゃり出た。
「お嬢さん、謝んなよ。それに倒れた稲を起こしなよ。お嬢さんのきれいな着物見たら、女の子だったら誰だって触りたくなるさ。なにも振り払うことはねえ。そのために転んで稲が倒れたんだ。お百姓が丹精込めて育てた稲なんだ。粗末に扱ったら罰があたるよ」
「じゃあ、伊助が稲を起こせばいいでしょ。奉公人なんだから」
伊助は結衣の手を掴むと、有無を言わせず水が残る田に引っ張って行った。
「倒れた稲はこうやって起こすんだ。曲がったところをしっかり押さえて土を寄せ、足で周りを踏みつけておく。大風で倒れたらみんなこうするんだ。じゃないと穂が水に浸かって腐るからな。百姓はこうやって稲を大事に育ててるんです」
結衣は半べそをかきながら、伊助に言われた通り泥まみれになって土を寄せた。着物は泥だらけになってしまった。吾作はにやっと笑った。若夫婦が恐縮し、結衣に家で着替えてくれと懇願した。