パソコンが普及したのは私が三十を過ぎた頃だ。若い頃ならまだしもそのくらいの年から機械に慣れようなどとは思わなかった。ましてやワープロも、満足に使いこなせなかったのだ。文字を打つのも億劫だと感じる私が最新の機械を使いこなせるわけがない。
周りがスマートフォンだのタブレットだの騒いでいる中、私は携帯電話を持たず、ずっと家の電話で編集者や友人たちと話をしている。遠出する際は、一緒に出掛ける妻がスマートフォンを持っているからそれで充分だ。私にインターネットの環境は必要ない。
必要な知識は古書店の主人を務める友人に聞くか図書館に行けば事足りるし、メモはノートにすればいい。だから原稿は専ら文具屋で業者の如く買い占めた原稿用紙に書いて、出来上がったものは若い女性社員がワープロで打ち直してくれている。毎回何万と文字を打つ社員の身にもなってください、と原稿用紙を持ち込む度に苦い顔をした編集長から言われたのは記憶に新しいが、どうにも新しいことを始める気にはならない。
※本記事は、2020年12月刊行の書籍『水蜜桃の花雫』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
登場人物
吉川(きっかわ) 小説家 「私」
御巫(みかげ) 古書店を経営 博学
由津(ゆいづき)木 俳優 時代物を得意とする
港(みなと) ベンチャー企業を一代で築き上げた凄腕
都竹(つづき) 警視正
《水蜜桃の花雫》
お幸(ゆき) 近江屋の主人の孫娘 跡取りとして育てられる
藤七郎(ふじしちろう) 近江屋へ奉公に来た青年
与七(よしち) 近江屋の主人
お吉(よし) 近江屋の女将
佐助(さすけ) 近江屋の番頭
お菊(きく) 近江屋へ引き取られた元舞妓
お弓(ゆみ) とある農村の大地主の娘 近江屋へと嫁ぐが双子を生んだため離縁される
《薔薇の花影に約束を込めて》
高峰(たかみね) 倫也(みちなり) 日本帝国海軍中尉 元華族
美波(みなみ) 百合子(ゆりこ) 倶楽部〈青い満月〉で雇われている踊り子
四条(しじょう) 倫也の上司
信濃(しなの) 〈青い満月〉のボーイ
美波(みなみ)博理(ひろみち) 百合子の兄
美波(みなみ)直哉(なおや) 百合子の父
高峰(たかみね)善造(ぜんぞう) 倫也の父