金の問題じゃない、と言いかけたところで川島は一方的に携帯を切った。やりばのない感情が渦巻く。確かに創作活動を職業として成立させるには、川島の考えが正しいのだろう。しかし、それを認めれば自らの創作ポリシーを全否定することになる。
「顔色がすぐれないわね」
沙希が話しかけてきた。
「いや。なんでもない」
鎮静のために口にした珈琲は、強い苦みだけを与えた。
「長い電話だったけど、川島さん?」
「あ、いや……そう」
「あまり愉快な会話ではなかったようね」
「いや、そんなことはない。たいした話じゃないよ」
「ウソ。研ちゃんが『いや』を連発するときは、あまりいい気分のときではないわ」
沙希が忍び笑いをしながら言った。察しのいい沙希には隠せない。
「研ちゃん」
「何だい。改まって」
「研ちゃんは何も悩むことはないのよ。自分の道を突き進んでください。それを捨てたら研ちゃんが研ちゃんでなくなる。家のことは心配しないで」
沙希の言葉にはいつも救われるが、いつまでも甘えるわけにはいかないというプレッシャーが圧しかかる。売れることを目的として小説を書くような器用さを自分は持ち合わせていない、そう決めつけることでその努力から逃げ、川島の指摘のように怠慢だったのかもしれない。いや……、そう思っては負けだ。自分が自分でなくなる。