第2作『人形』
しばらくして窓口に呼ばれた。
「七万円ですね、お確かめください」
青いトレーの上に通帳と七万円があった。学校を仮病で早退したことを除いては何ら問題もなく、あっけないことだった。
考えてみれば馬鹿馬鹿しいことだ。当たり前すぎるほどで、冒険とか犯罪とかにはほど遠いことだった。ぼくは自分の臆病を嫌悪した。
しかし、ぼくの緊張の理由は別のところにあるような気がした。銀行名の入った封筒に、七万円を大事に入れた。
骨董屋の主人は眼鏡を上げてぼくを見た。
「すみません。これだけしかなくて。これがぼくの有り金、全部なんです」
主人は「有り金」という言葉に苦笑したようだった。
「あの人形がどうしても欲しいんです。欲しくて、欲しくてたまらないんです。だから売ってほしいんです」
主人はぼくの必死の訴えに耳を傾けていたが、やがて、
「あなたも、彼の眼に恋してしまったようですな」
「恋……そういうわけじゃないんです……恋だなんて」
ぼくは棚の上の彼を見た。薄暗い店の、さらに暗い棚の上に、ぼんやりと光っている。耳が熱くなるのを感じた。ぼくはその恥ずかしさを隠そうとした。
「いいでしょう。あなたになら差し上げましょう。大事にしてくださるのなら」