近代の日本において新しい女性像を作り上げた「蝶々夫人」のプリマドンナ、三浦環。最近では朝ドラ『エール』にも登場し話題となりました。本記事では、彼女が声楽指導をしていた様子がどのようなものであったのか、音楽専門家が解説していきます。

声楽指導

皆さん音楽学校に入りまして、直ぐに面白い歌がうたえると思うのは大間違いでございます。よく世間では、身体が弱くてとても碌なことは出来ないから音楽学校にでも這入ろうというようなことを申す者がございますが、私これは大層な心得ちがいであろうと思います。

音楽を、単に趣味のひとつとして心のおもむくまま不規則に奏で弾じようというならば格別どうもございませんが、仮にも之を以て身を立てようというには先ず第一に身体の発育が充分であって、その上に頭脳明晰で耳と咽喉とが好くなければなりません。また、幾分か脳や耳が好くても、身体が糸のように痩せているような者は、唱歌の部には勿論、ピアノの部にも望みがありません。

身体が健全で、真面目な考えを以て音楽を志す人は、まず第一に自分が果たして音楽に適しているかどうかを知ることが必要でございます。何故かと申しまするに、身体は丈夫でも、音楽に最も必要な拍子は至って緻密なものであります故、脳が悪くてはどんなに骨を折っても成功は覚束ないでしょう。

また器楽の方は、多少質は好くなくても、ある程度までは遂げられましょうと思いますけれど、矢張りそういう人はどんなにむずかしい曲でも、味わって興を催すというまでには進み得ないでしょう。或いは身体は合格しても、指の長短なども大いに関係がございます故、到底音楽に適しない人も少なくありません。それを自ら悟り得ないで、多少志しを抱いて遂に不成功に終わるということがあっては、誠にこの上もない不幸でございます。

皆さん、九月四日の入学試験に合格し、目出度く入学されましたが十二月になって、篩い落とされることもございます。教師が見てこの人は何うか知らん、もう少し修養を重ねたら或いは成功するかも知れない、今出すのは情において忍びないなどと思って、止めたものの、言ってみれば落第の仕損いが止まるような場合、その人は必ず、おしまいまで手古摺って、結局立派な成功を遂げないことになります。本人の不幸は申すまでもありません。

音楽の稽古は決して生やさしいものでないことを今のうちからよくお考えなさって、一生懸命、励んでいただかなくてはなりません。

一年から二年の間は本当に苦しいのでございますが、其中にだんだん曲もうたい、習い、独唱もするようになると、音楽に一層興味も深く感ずるようになるものでございます。