(十)

悄然として家に帰った香奈を、両親はしかりつけた。母は半泣きになって、父は血相を変えて怒っていた。学校からも呼び出しを食らった。

後になって香奈は振り返った。

小林との一方的な恋とあの旅が自分を、大人にしてくれた。それは一人の人間への感謝を教えてくれ、人生の孤独な部分を教えてくれた。一人の女として出発したのは、あのときからだったのだ。夢見がちな少女の時代は終わったのだ、と。

だが、そのときはそれどころではなかった。

「香奈、お座りなさい。こんな子に育てた覚えはないわ」

謝りなさいと泣いて言う母の言葉を、香奈は他人事のように聞いていた。香奈の中に何か新しいものが芽生え、それが、家族と香奈の距離を遠くしていた。お母さんには分かるはずがないのよ、喉まで出かかった言葉を飲み込むと、香奈は自分の部屋に閉じこもった。

何日か経ったとき、香奈のそんな心にも全く無頓着な風に、兄の村上がやってきた。

「おーい、香奈、そんなに閉じこもってないで出てこいよ」

香奈は歯向かう気力を無くしていた。というよりも、静かな決意が香奈の心を満たしつつあった。

香奈はおとなしくリビングルームへ出て行った。

リビングルームでは、村上が一人でジュースを飲んでいた。香奈を見ると村上は、

「おい、香奈、ずいぶん危ないところに行って来たんだなあ」と言った。

訳がわからずに兄を見ると、村上は買ってきたばかりの新聞を香奈の前に押しやった。手にとって無表情なまま香奈は兄の指差した記事を眺めた。

「八荘源ルポライター行方不明事件悲劇の結末か」