第二部 教団~1

二〇一三年の晩秋のことである。

濃緑色をした薄手のジャンパーを寒そうに着込んだ一人の男が、東京ドームで開かれたイベントの様子を眺めていた。

「なるほど、聞きしにまさる盛大なものだな」

男はこう呟くと、首を二、三度回した。

なにしろ、シーズンオフの球場に、四万人を超える人が集まっている。だが、その日開かれていたのは読売ジャイアンツのファン感謝祭ではない。この四万人の人はすべて華水教という新興宗教の在家信者とその家族だった。

プログラムは一時から催される式典と、その後に行われる運動会から成っていた。

男は華水教の信者になりすまして、この集まりにもぐりこんでいたのである。

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「それでは、これより華水教の式典を行います」

司会者がマイクで宣言すると、場内は水を打ったように静まり返った。

「まず初めに、教団の理事であらせられる井沢純正師よりお言葉を頂戴いたします。なお、初めてご列席される方に一言申し上げておきますと、当教団の教父戸隠仁聖師は、私たちにも正体のわからない謎の人物でありまして」

ここでどっと笑い声が起こった。

「悪い冗談ですが、戸隠師はもはやこの世にはいないという人もいるほどでございます。しかし、残念ながら、井沢師はつい二、三日前に戸隠師に会ったと言う話でして、その時に師から取って置きのお言葉をいただいてきたそうでございます。それでは、井沢先生、どうぞ」

すると、井沢と呼ばれた中年の男が進み出た。彼は背広を着込んだ大きな男で、声には独特の艶があり、聞くものをひきつけた。

「ただいま紹介に預かりました井沢です。早速ですが、戸隠教父にいただいてきたお言葉を披露いたします。これは、いつもながらのお言葉でして、はじめて聞く人は驚かないようにしてください」

こういうと、井沢は楽しそうにあたりを見回した。

「実はがっかりさせるようですが、師は聖書に書いてある通りの言葉しかお伝えになりませんでした。お読みになった方はすでに知っていらっしゃることと思いますが、念のため繰り返しておきます。その一」

彼はここで間を置いて、ひときわ高く声を張り上げた。

「華水教は宗教ではない」