先日持ち込んだ作品の感想を直接聞くため、葭葉(よしば)出版・島崎の元を再び訪れた芹⽣(せりう)研⼆。
「出版は難しい作品」と言う島崎に、芹⽣は以前から気になっていた質問をぶつける。それは、過去に最終選考まで残ったという自身の作品についての質問だった。「あの作品がどうして残れたか、教えていただけませんか?」……。
「これからの時間も、ある意味で重要な仕事かもしれないよ」
島崎は思い起こすように目を閉じた。しばらく沈黙が流れたのち、彼は目を開けて時計を見やった。
「芹生さん。その話は長くなりそうな予感がします。もし良かったら場所を変えて続けませんか。少し小腹もすいてきたし。神田に行きつけのバーがあります。バーといってもそれなりの“あて”もありますので」
「ご多忙な島崎さんがよろしいのでしょうか?」
「もちろんです。若い有望な才能と接することも重要な仕事ですので」
そう言って島崎は秘書にタクシーの手配を頼んだ。
そのバーは神田駅に比較的近い雑居ビルの二階にあった。狭い階段を上がるとドアには、『L,horizon(ロリゾン)』と書かれていた。中に入ると外観から想像するより広いスペースがあり、奥にはピアノもある。単にバーというよりはダイニングバーと呼んだ方が相応しい店だ。
時間が早いせいか客はまばらだ。島崎は軽く右手を挙げて、おそらくはチーフと思われるバーテンダーに挨拶をした。彼はいたずらっぽい笑みを浮かべ、手のひらでカウンター席を指し示した。
「島さん、今日は早いですね」
「たまにはね。といってもこれからの時間もある意味では重要な仕事かもしれないよ」と言いながら島崎はこちらを見て笑った。思わず、「はあ」と恐縮と戸惑いの反応をする。
「まずは一杯いきましょう。タクちゃん、サッポロの黒をお願い。よく冷えたやつね」
「タク」と呼ばれたバーテンダーが、「はい、ぎんぎんなやつ」と言って麦酒を注ぎ、乾杯をした。島崎は、
「まずは腹ごしらえだ」と言ってカットステーキを頼んだ。