参─嘉靖十五年、宮中へ転属となり、嘉靖帝廃佛(はいぶつ)の詔を発するの事
(2)
「この後宮で人生をまっとうしたかったら、脳裡に刻んでおくがよい。女とは、おそろしいものだ。そう思っていたほうが、そなたの身のためである」
「身のため?」
「そう思っていれば、深入りせぬであろうが。女そのものもおそろしいが、女に手を出したことで、運命の歯車が狂う、そっちのほうが、ずっとおそろしい。まことに、女は、めんどうの種だ。発覚したら、命はないものと思え。お仕えするにあたって、そのことを忘れるな」
私のうなじを手刀で、ぴた、ぴた、とたたきながら、師父はつづけた。
「王暢(ワンチャン)よ、そなたは、ちかごろ星空を仰いだことがあるか?」
「ええ、まあ」
「女の美は、花にたとえられるがごとく、うつろいやすきものだ。ときどき、毒をふくんでいるところまで、花にそっくりだ。しかし、星空はちがうぞ。星空こそは、掛け値なしに美しい。陽がしずめば、かならずあらわれて、われらの心をあらい、畏怖の念さえ抱かしめる……
われらが、この世に生をうける前の、とおい昔から、人間の區々(くく)たるいとなみを照覧したもうたのであろうし、われらが死してのちも、仰げば、そこに、易かわらざる姿を見せてくれることであろう―人が、顔を、天上にむければの話だがな。そうは思わぬか?」
「は、はい」
師父は、にわかに、相好をくずした。
「おお! そなたには、わかるか。そうか、わかるか。そのうち、星空の下で、酒を酌みかわそう」
冗談なのか、本気なのか……わかったのは、この師父が、杓子定規ではかれる人物ではなさそうだということであった。