「……ところで、どうして私のような者が、後宮のお世話がかりに、まわされたのでありましょうか」
すると、背後から、水のように澄んだ声が、こたえた。
「それについては、わたくしが」
あらわれたのは、ふたりの女官をともなった、曹端嬪(ツァオたんぴん)その人であった。
「こ、これは」
駄熊太(ドゥオシュンタイ)師父にならって、私はその場で、ひたいを床にこすりつけた。
「お直りください、駄熊太(ドゥオシュンタイ)どの、そちらの方も。先日、内書堂の前でお会いした、王暢(ワンチャン)どのですね」
師父が、お答えしろとばかりに、目くばせした。
「は、はい」
「わたくしを担当して下さっていた方が、急に亡くなり、どなたかよい方をと、さがしておりました。あのとき、若い宦官二人をたすけようとしているのを見て、この方はきっと、お優しい方にちがいないと思ったのです。わたくしも女ですから、お優しい方がいいと思いまして、万歳爺(ワンスイイエ)(皇帝)にたのみ込んで、こちらへ来ていただいたのです」
曹端嬪(ツァオたんぴん)は、駄熊太(ドゥオシュンタイ)師父をちら、と見やって、茶目っ気たっぷりに笑った。
「女ぎらいな方には申しわけないのですけれども、わたくしは、あなたがたの尽力を、必要としております。王暢(ワンチャン)どの、これからは、よろしくお願いしますね」
女官ふたりをともなって、静かに立ち去った。桃花のごとき甘い香りが、風をともなって、はらはらと揺れた。
私たちは、典雅なうしろ姿を、呆然と見おくるのみであった。