「その中には『日本書紀』や『古事記』に書かれている内容が記述されていました。そしてそれが、当時の知識人たちに大きな衝撃を与えたのです。なぜだかわかりますか」
「なぜですか」こんどは沙也香が身を乗り出すようにして聞いた。
「その当時、徳川幕府の将軍が日本を統治するようになってから二百数十年が経っていました。でも鎌倉時代までは日本を統治していたのは天皇でした。それが戦国時代になると崩れていきます。そして徳川家康が天下を統一して江戸幕府が成立すると、天皇の存在は次第に忘れ去られていきました。
そんな時代に、『大日本史』は、天皇こそ本来の日本の統治者だと人々に再確認させたのです。沢田さん、そのころに活躍した国学者の名前をいえますか?」
「は、はい。えーと、賀茂真淵(かものまぶち)でしょ、それから本居宣長(もとおりのりなが)、平田篤胤(ひらたあつたね)……なんかですよね」
「よく覚えていますね。さすがですね。そんな人たちが天皇家のことを世の中に宣伝して、アピールしていきました」
「そんな時代に黒船がやって来て、世の中が動きはじめたんですね」沙也香がいった。
「そうです。それによって最初は攘夷運動が盛んになりました。そしていろんな事件が起きる中で、長州藩が関門海峡を通過する外国船を砲撃します。長州による攘夷戦争ですね」