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第三章 古代からの使者 Ⅵ 三経義疏(さんきょうぎしょ)の謎

その日から沙也香は『日本書紀』やその他の参考文献を読むことに没頭しはじめた。

もちろん学者ではない沙也香が読む『日本書紀』は、漢文で書かれた原書ではなく、口語訳された素人向けのものだ。また参考文献は自分で購入したものもあるが、高槻教授の家から借りてきたものがほとんどだ。

教授が読んでいたものを読むほうが彼がたどりついた結論に到達する近道ではないかと考えたからだった。しかしやはり学者が読む研究書は、素人にはむずかしい。

沙也香は二、三日で音ねを上げそうになった。

「まいったわ。高槻先生のところから借りてきた本、むずかしくってさ。『日本書紀』に書いてあることをよくわかっているのを前提にして書いてあるから、なんのことだかさっぱりっていうことが多いのよ」

沙也香はまゆみに電話をかけ、弱音を吐いた。

「そうでしょうね。学者が研究のために使う専門書をいきなり読むなんて、いくら沙也香さんだって無理ですよ。磯部さんにでも相談してみたらどうですか?」

「そうね。そうしてみようかしら」

そういって電話を切ってその場所を離れようとしたとき、電話の着信音が鳴った。まゆみがなにかいい忘れてかけてきたのかと思って電話を取ると、警視庁の松岡刑事だった。

「例の事故の件ですが」

松岡は単刀直入に話しかけてきた。

「まずいことになってきましてね。捜査で大学に入れなくなってしまったんです」

「入れなくなった? なぜですか」

「大学側から断られましてね。警察を大学に立ち入らせると、大学の自治が阻害されるといって、学生たちが騒ぎ出す恐れがあるというわけです」

「だけど犯罪の捜査なんですから……」

「そこが微妙なところでしてね。エンジンの冷却水を抜き取ったということは間違いなく犯罪ですが、殺人事件ではありません」

「それはそうですが、でもそんなことをされたために高槻教授は亡くなったんですから」

「問題はそこなんですよ。冷却水を抜いたから、エンジントラブルを起こしてエンストした。ここまでは原因と結果が直結します。

しかし、エンストしたから交通事故死が起きたかどうかとなると、百パーセントそうなると証明することはできません。むしろエンストが高速道路の、それも見通しの悪い急カーブで起きたという悪条件が重なったから、死亡事故という最悪の結果になった。これが事実です。

ですから冷却水を抜いたことを刑事事件として立件することができるかといえば、どう考えても無理なんですよ」