第一章 新兵
初年兵教育
掃除が終わると、営庭に出て点呼、点呼が終わると駆け足で厩舎へ向かう。厩舎では、まず自分の担当の馬を外に出して、繋馬場に繋ぐ。
馬が驚かないように、「オーラ、オーラ」と声をかけて厩舎内に入り、馬の轡(くつわ)を取って外へ連れ出すのであるが、杉井の担当の神風はこの段階でもう杉井を困らせた。神風は入っていこうとすると、必ず杉井の入っていく側に尻を寄せて入りにくいようにした。
杉井が躊躇していると、「何をしているか」と古参兵から怒鳴られる。必死になって蟹歩きでそろそろと突入していくと、神風は喜んで前掻きをするのであるが、これも足を踏まれそうで、杉井には恐怖だった。
何とか試練を克服して外へ連れ出し、今度は神風に水を飲ませる。神風が水槽に口をつけて水を飲む際、杉井はドクドクと喉を水が通る回数を数え、馬匹名簿にそれを記入しなくてはならない。
この回数は馬の健康のバロメーターであり、少ない場合はかなりの確度で仙痛(腹痛)を起こすのだった。水を飲み終わると繋馬場に繋ぎ、バケツで水槽から水を汲み、四脚の蹄(ひづめ)を洗って油を塗り、刷毛で大きな馬の体全体の毛をとかしフケを取る。