第一部 八荘源

第一章 とんぼ

あの日以来会っていなかった藤田から「早耳デスク」の記事をファクスで送られて、聡は一瞬目を疑った。「ルポライター失踪の裏に新興宗教の影?」という見出しでその記事は書かれていた。

「八月二十日、ルポライターの榊原良夫氏が夫人とともに失踪した。もっと正確に言えば、義理の父、津山聡氏所有の山荘から、蒸発したのである。

県警本部は、土地をめぐるいざこざから何らかの事件に巻き込まれた疑いが強いとして捜査を進めているが、この事件にはもっと謎めいた噂がある。驚くべきことに、八月二十五日に榊原夫妻を東京で見かけたという目撃者がいるのである。

この目撃者は榊原氏の親友の秋沢友則という同業のルポライターであるから、秋沢氏の言っていることに間違いがなければ、榊原氏は芝居を打ったということになる。そこで、本誌取材部では、秋沢氏に取材を敢行した。」

こんな書き出しの記事は、秋沢氏の証言として次のように述べている。

「榊原氏に会ったのは八月二十五日だといったが、正確な日時は覚えていない。だが、八月の後半だったことは確かだと思う。榊原氏はかねてから、華水教という新興宗教に凝っていた。自分としては、そのようないかがわしい宗教から彼を引き離したかったが、彼の心酔ぶりは私の手に余りどうにもできなかった。