第一部 八荘源

第一章 とんぼ

人の噂も何とやら。

しばらく経つとなんの手がかりもないままに捜査本部も解散され、秋が深まってきた。聡は東京の自宅に引っ込んでいたが、そのうちに酷く虚しくなってきた。

娘夫婦が死んでいるものやら生きているものやら分からない。初めはこの事実が聡を興奮させていた。自分にできることは何でもして二人を救わねばと思った。

だが、実際の自分にできたことといえば、そわそわして行き当たりばったりの行動をしたり、捜査の仕方に怒ってみたり、そんなことだけで、実りあることは一つもしていないような気がした。そのうち興奮が収まった。

それは酔いが醒めたような心境である。いままでの騒動がなんだか遠く感じられる。つい最近まで、電話一本掛ければ話のできた娘は、もういない。気がついてみると、たった一人でぽかんとしていることが多くなっている。

このままでは俺までだめになってしまう。そう思った聡は、供養代わりに八荘源行きを思い立った。死んだと決まったわけではないのだが、聡には、あたかも山荘行きが二人の供養のように感じられたのである。

「ああ、あなたが新聞に載ってた行方不明事件の関係者の方ですか」

駅前で拾ったタクシーの運転手は、聡が行き先を告げると不審そうな顔をしたが、打ち明け話をするとそういった。