第一章 新兵
入営
営内の見学をひととおり終えて部屋に戻ると、整理棚に整理しておいた衣服が全部床の上に散乱していた。周りを見ると二、三人の分を除いて全部床に落ちている。野崎が大声で怒鳴った。
「お前たちはだらしがない。衣服の畳み方も知らんのか。床に落ちているものはすべてやり直しだ」
杉井もあわてて、これ以上できないと思われるくらい丁寧に畳み直して棚に上げたが、班の中の四、五人は、七回も八回も棚から衣服を引きずり下ろされ、三十分以上かかってようやく許してもらった。
夕食の時間になり、杉井たちは寝台の前の大きな机に向かい、炊事当番の用意した食事に箸をつけた。杉井の隣の宮谷二等兵は食事が早く、杉井が七分程度食べた時には、既にすべて平らげていた。
食事が終わると食器を持って外の洗い場に行って食器を洗い、手箱の中に収めることになっていたが、宮谷は、向かいに座っていた藤村に、
「上等兵殿、食器をいただきます」
と言って、自分のものと二人分手早く洗ってそれぞれの箱に収めた。
杉井は、学生時代、異常なまでに教師にへつらう生徒が学級に二、三人はいたのを思い出し、どこにでもこういう奴はいるなと思ったが、上官たちの顔を見ると、この種の扱いをこの上なく評価する人種のように感じられ、これは他人と競ってでもとるべき対応であるかも知れないと自分に言い聞かせた。
食後は帯剣と靴の手入れを命じられた。ぼろ布で一所懸命靴を磨いていると、藤村が、
「手入れが済んだら、お前たちを温かく送り出してくれた家族に手紙を書け。切手葉書は酒保で売っているから、持っていない者は買って来い。それから部屋を出る時は必ずどこへ行くと言ってから出よ」
と言った。先ほどの食器片づけに学んだ杉井は、いち早く手入れを済ませ、
「杉井二等兵、酒保に行ってきます」
と、部屋を出ようとした。途端に、藤村の怒鳴り声がした。
「声が小さいっ」