第一章 新兵
入営
各班長に引率されて、中隊全員が営庭に集合し、整列が完了すると、中隊長が登場した。第四中隊の隊長は、福富大尉といい、立派な口髭を蓄え、恰幅も良く、威風堂々としていた。第一班の班長が、
「中隊長殿、訓示」
と言うと、福富はおもむろに壇上に上がり、軍人となることの意義、軍人としての心構えを滔々と述べた後、
「これからは、中隊長を父と思い、班長を母と思い、戦友を兄と思い、困ったことは相談して、お国のために立派な兵隊になるよう、精進努力せよ。それから引率して来られた父兄の方々に申し上げます。大切なご子弟は、本日より、この福富がお預かり致します。ご心配なきように」
と、訓示を結んだ。
再び、第一班の班長から、
「これより二十分間の休憩。この間にわざわざ見送りに来られた父兄の方々にお別れとお礼を言え。またその際、私物を渡すべし。それでは、解散」
との指示があった。多数の父兄の中から謙造を探し出すと、杉井は着てきた服などが入った風呂敷包みを渡した。謙造は杉井の姿を一度じっと見た上で、
「入営の風景というのは、今も昔も変わらんなあ。それにしても、福富大尉は立派で優しそうな中隊長だ」
と、笑顔で満足そうに言った。明らかに、自分の若き日の思いを回顧している風情だった。
五分ほどの面会が終わると、謙造も他の父兄も正門に向かって帰って行った。
杉井たちは班内に戻り、寝台の上の手箱を棚に乗せ、衣類を丁寧に畳んで棚の上に整理し、毛布を寝台に敷くと、各自の前にある二メートルくらいの分厚い机に向かい、長椅子に腰をかけた。この机が食卓となり、勉強机となり、小銃、銃剣の手入れを行うこととなる台であった。