無理やり、笑顔をつくってみせた。石媽(シーマー)はといえば、この場に似合わぬ、花やかな来訪者と、私とのやりとりを、じっとうかがっている。

「動けますか」
「ああ……そろそろ動かねばならんと思っていたところだ。それにしても、どうして、ここがわかった?」
「曇明(タンミン)さまに、教えていただいたのです」
「なに?」

師なら、私が洛瑩(ルオイン)との連絡を絶った苦心を、よく知っているはずだが。

「行ってはならぬと、釘をさされなかったか?」
「はい、ひき止められました。でも、どうしてもお会いしたくて、こっそり大千佛寺をぬけ出してまいりました」
「そんな無茶を……誰かに、見られなかったか?」
「誰か、って?」
「見張りの少年とか、ゴマ塩頭のオバさんとか」
「……いえ、誰にも、会いませんでした。この方にしか」
石媽(シーマー)を仰ぎみる。

「朝から、南京礼部尚書って、えらい人が来てるらしいのよ」

その肩書きをきいたとたん、すずやかな明眸(めいぼう)が、さっと曇ったように見えた。人の心の奥底まで、よく看てとる子だ。はるばる北京へとまねいてくれた人物とはいえ、よい印象は、もっていないのだろう。

厳嵩(イエンソン)殿が、来ているのか……。
漁門の首脳が、建昌伯(けんしょうはく)にかわるつぎの大物として、よしみを通じようとしているのだろうか?

「いま、管姨(クァンイー)も、どっか行っちゃっていないのよ。だからあたし、あんたんとこに来たの」
「そうだったのか」
「……叙達(シュター)さま、じつは、今日は、父の遣(つか)いで、やってまいったのです」
「父?」

「はい。大千佛寺に、宿をお借りしております。こちらでの所用が終わりまして、明日、福建(フージェン)へ発ちます。それにさきだって、父が、ぜひお会いしたいと申しているのですが、そのおからだでは、おやめになったほうがいいですね……」