江戸時代に寒造り、つまり冬場だけの酒造りが、伊丹で始まった。そして必然的に、冬場雪に閉ざされる北国の出稼ぎと結びつく。杜氏集団の誕生だ。酒造りに特化した、高度技術集団である。
杜氏を筆頭として、麹作り担当の麹屋、酒母を造る酛屋(もとや)、槽を担当し酒を搾しぼる船頭、米を蒸す釜屋など、それぞれの専門技術を磨いた者たちが集った。
当時、地域食は今と比較にならないほど、多種多様。地元の味付けでないと、力が出ない。賄い婦も、重要な役割を背負い、杜氏集団の一役を買っていたのだ。
まりえは、手作業が速いだけでなく、よく気も回る。一緒に調理を始めて、すぐにそれがわかった。ドンドン加速度的に、調理が進む。三人は、あっという間に意気投合した。
酒粕の味噌汁に、菜っ葉のお浸し、里芋と蛸の煮物などが、瞬く間にでき上がっていく。
「そういえば」
まりえが、料理の手を止めずに、首を傾げた。
「なんか、蔵が騒がしいだすな。見知らぬ人もたくさんいるし、何かあったんだすか?」
葉子が簡潔に説明すると、まりえはため息をついた。
「そうだすかぁ。おら要件さ話したら、さっさとお暇いとまするつもりだったすけど、そうもいがなくなっちまったすなぁ」
最後に、納豆を用意して、昼食の準備はでき上がった。
蔵人たちに昼食を運び終わった後、トオルも呼んだ。四人で、隅のテーブルを囲む。
食べ始めてすぐ、入り口に坊主頭がのぞいた。副杜氏の大野が、手に賄い飯の盆を持っている。もちろん、納豆無しのバージョンだ。
「まりえさん、いらしてたんですね。一声、かけて下さいよ。水臭いなあ。僕も、ここで食べていいですか?」
「ありゃあ、真さんでねえすか。もちろんいいっすよ」
葉子が席を作り、大野副杜氏も輪に加わった。
ひとしきり、タミ子やまりえの料理の腕前と、賄い飯の話で盛り上がる。話が一段落すると、大野副杜氏が恐る恐る、切り出してきた。
「まりえさん、今年の冬の酒造りには、来ないって本当ですか?」
「誰が、そんなことを言ってるんだすか?」
「誰ともなく、そんな噂が」
どうやら、大野副杜氏はそれを確認しに来たらしい。気になって、仕方ないようだ。
まりえが、頭を掻きながらうなずいた。
「実は、そうなんだす」
「えっーそれ、マジっすか? 俺、まりえさんの賄い大好きだったのに。大ショック。すっごい残念。やっぱり、おやっさんがいないからっすか?」
意外にも、まりえはちょっと恥ずかしそうに、小さくうなずいた。
「しょっしい。けど、康一さんがいねえんでは。ここに来る理由もないっすから」
「みんな、待ってるんですけどねえ」
「康一さんって?亡くなった杜氏さんですね? ひょっとして、まりえさんのいい人だったんですか?」
驚いて、葉子は思わず、大声を上げた。