1 「すぴなっつおら」誕生秘話

どさくさに紛れて新築社屋に

アルフレードスシステムズから脱会が許されたので、私は大量仕込み方式から、注文を受けてから調理する、いわゆるツーオーダー方式に切り替えました。

秘伝「すぴなっつおらのピザ生地」の製法特許を申請するため、準備に取りかかりました。申請の第一関門は食感の安定でした。その次は、日々積み重ねてきた詳細な製造データの作成です。したがって、データ収集や発酵食の適任者である植竹一仁部長が、その任にあたることになりました。

部長にとっては得意分野とあって、朝から晩までベーカリー室で粉とピザソースを撒き散らしながら、湿度計や気圧計を眺めてはブツブツ言っています。さらに彼は、「社長、イタリアの硬水を取り寄せてください」とか、「地中海の粗塩もお願いします」とか、わけのわからないことを言いながら、ベーカリー室をいっそう粉だらけにするのです。

そこに彼の姿が見えないときは、二階のコンピューター室でまたボソボソ言いながら、配合データをいじくりまわしています。

「わかりました。今度こそ本当にわかりました」

と、毎日同じことを言っています。私には何がわかったのか、さっぱりわかりません。はるかイタリアから来た食べ物。ピザという食品の「うまい」「まずい」は生地によって決まります。粉を練る、そして、焼く、という一瞬の技が食感を左右するのです。

ベーカリー室は、時折この食感問題で大混乱となります。先程まで百点満点だったピザ生地に、原因不明の異変が起こるのです。こうなると、全員手も足も出ません。まったくの謎につつまれてしまうのです。

この難問解明の糸口さえ見えないまま、私は部長に研究を引き継いだのです。部長の参画によって、解決をみたのは一年後でした。

突然、異変が起こる原因はさまざまありますが、もっとも深く関与していたのは、イタリアの岩山から切り出した巨大な天然石オーブン。この石の温度と外気の湿度、気圧などが複雑に絡み合って、石から発生する遠赤外線のバランスが崩れてしまったときに起こる現象だとわかったのです。

結論として、食品添加物を使わずに仕込み時間や配合を微調整することによって、ようやく突然変異現象から脱出できたのです。

やがて、ピザの食感は不動のものになりました。この発見が念願の製法特許取得の大きな足がかりに成った事は申すに及びません。難問が解けた事で勢いがつき、他の食品も次々と完成を見る事が出来ました。

昼夜の別なく、二足といわず三足ものわらじを履きながら開発に没頭することになるのですが、思えば一九七六年の開店以来、年中無休のフル回転を五年以上も続けてしまいました。その甲斐あって、念願の自社ブランド商品は、当初の予定の十種を大幅に超えることができました。

これらの製品は、味にこだわるだけではなく、できる限り天然由来の食材で仕上げました。食感はもちろん、健康面でも、弊社のイチオシ商品と成り、海外に向かって羽ばたくことにもなりました。