第一章 三億円の田んぼ
(七)
烏丸酒造の敷地は広く、事務所の建屋の奥行は、長かった。捜査本部に当てがった応接室の奥にも、まだ部屋が続く。
玲子と高橋警部補は、捜査会議の後、烏丸酒造の中を見て歩いていた。
すると中に、扉を開き、誰かを待っている部屋があった。扉はガラス張りで、窓も大きく、陽当たりがいい。六畳ほどの大きさの部屋は、窓際と壁際に木製のカウンターが設えてあった。
ガラスの扉には、『税務調査室』と記されている。
カウンターの上には、分厚いパイプ式ファイルが、整然と並んでいた。百冊以上あるだろうか、かなりの数だ。
きちんと揃えて並べてあった。誰かに見せるために準備されたのは、一目瞭然。だが、税務調査用の書類には見えなかった。
椅子の角度も、測ったように揃えてある。埃一つ無い。整然とした部屋は、これから鳴るゴングを待っているかのようだった。
あたふたと、秀造が走り込んで来る。玲子に気づき、目を丸くした。ぽかんとした口を閉じると、慌てて早口の言葉を吐いた。
「今、勝木課長に話して来ました。詳しいことは、あの人から聞いてください」
何のことかわからなかったが、それ以上の説明はない。慌てふためく秀造は、テーブルのファイルを確認し始めた。かなり真剣な眼差しだ。
「何があるって?」
「これから、オーガペックの監査があるんです」
秀造は、忙しくファイルをいじり続け、振り向きもしない。
「何の監査だと?」
「田んぼのオーガニック認証」
「ああ、さっきの毒をまかれた田んぼか」
「違う、違う。あの田んぼは、全然ダメ。認証どころじゃありません」
脇目もふらずに、ファイルを一冊ずつ、丹念に確認している。
「オーガニックだと、言ってなかったか?」
「今回、監査してもらうつもりで準備してたけど、ダメになっちゃって。監査してもらうのは、全然別の田んぼ」
秀造が、一瞬ファイルを確認する手を止め、玲子に向き直った。
「うちの田んぼには、既に有機認証を取ってる田んぼと、これから取得するのがあって。既に取得した方の継続審査なんです」
秀造は、テーブル上のファイルを全部確認し終えると、飛ぶように部屋から出て行った。
その後に続いて、玲子が外に出ると、蔵の前の車が数台増えている。