「さあ、今日の予定もこれで大体終わりですからいったんホテルへ戻りましょう。九時頃に改めてお迎えにまいります。ボア・ノヴァに行きましょう」
「いろいろとありがとうございました。夕食が楽しみですわ」
アトランティックでエリザベスを下ろし、ホテル・パラシオに戻ると六時半になっていた。ガイド料金はホテルの会計に加算され、チェック・アウト時に清算することになっていた。
宗像は今日のアレンジに対し、感謝の意味をこめて割増のチップをアンホドロに手渡した。
「こんなにいただき……。いつでも声をおかけください。今度は、聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラにでも行きましょう。ここから日帰りで行ける距離ですから。それに、エリザベスさんにもよろしくお伝えください、ポルトガルを十分にお楽しみください」
「サンチャゴ・デ・コンポステーラに、日帰りで行けるとはどういうことですか?」
「隣国ではありますが、実は車で二時間少々なんです。だから日帰りも可能ですが、今度は泊まりがけであちこち立ち寄りましょう。エリザベスさんもぜひまたご一緒に」
「良いプランですね、それでは次はそうしましょう。ありがとう」
アンホドロとメルセデスに別れを告げ、部屋に戻るとヴァニティ・ルームに入った。鏡に映る自分の顔を見て、今日一日でずいぶん日に焼けたものだと感じた。
宗像は四十六という年齢にしては贅肉がなく、張りのある体躯で胸も分厚い。だが外見からは裸の逞しさを想像しにくい、どちらかと言えば着痩せして見えるタイプだった。
長身であることはもちろんだが、足が長く顔が少し小さめという特徴が、そのように感じさせているようだった。それに、頬骨の小さく張る顔は、日本人にしては彫が深く精悍さが感じられた。
バス・ルームから出ると、さっぱりとした白い綿のオープン・シャツとズボンに着替えてロビーに下りた。レセプションを奥へ進むと、壁一面に並べられた洋酒の棚に面してバー・カウンターが設けられていた。正面の大きい窓を通して中庭が見えていたが、白い大理石製の丸い噴水から幾筋もの水柱が空高く噴き上げられていた。
窓際のコーナー部分に置かれたソファに身を沈め、冷えたドライ・マティーニを注文すると、糊の効いたシャツに蝶ネクタイを締めた年配のバーテンダーが首を振りながらこう尋ねた。
「カクテル? それともロックですか? 付け合せはレモン、それともオリーブに?」
「カクテルで、オリーブを添えて」
マティーニが運ばれるまでの間、宗像は今日一緒に行動したエリザベスを思い出していた。大変美しい人であるだけでなく、明るく爽やかで、切れの良い知的な会話もできる魅力的な女性だと感じていた。
しかし昨日ポルトの駅で初めて出会った時、彼女はGパンとTシャツ姿にダーク・グレーのサン・グラスをつけていた。ラフでスポーティな装いだったこともあって、あのときはそのことに気がつかなかった。だが、今日は昨日と違ってエレガントな装いに一変していた。
そう……そうだ、それは、あのときだった。マティーニのグラスに口をつけると、時間の記憶がゆっくり巻き戻された。
あの薄暗いワイン・セラーの中に入ったときだった。サン・グラスを外したエリザベスの顔? あれは確かにどこかで会っている顔ではないか? だがいったいどこで彼女に?