しかし
「ばかも休み休み言え!」
早坂は声を荒げた。
「貨幣は人類が経験を重ねて作り上げた経済の仕組みだ。それを何もかもすっ飛ばして縄文時代に持ち込むなんて、歴史に干渉するにも程がある!」
「そうだよ」沼田が続く。「きみたちの頭の中じゃ、お金で物を買うのも物々交換もごちゃまぜなんだ。そんな簡単なもんじゃないぞ。お金は富の不平等を生み、争いを巻き起こす。その争いを経験するには、縄文人は早すぎる」
「じゃあ他に何かアイデアがあるのかよ」
岩崎が二人に詰め寄った。
「俺は反論を怖れずにアイデアを述べたまでだ。次はそっちのアイデアを聞こうじゃないか。独裁ではない、もっとマシなアイデアをね」
殴りかからんばかりの岩崎を、林は抱きとめるようにして言った。
「岩崎君、落ち着いて。お金で争いが起きる前に笹見平で争いが起きちゃしょうがないよ。早坂君と沼田君も聞いて。今の岩崎君の案、明日の朝、笹見平全体で多数決を取ることにしようよ。全体の意見を仰ぎ、みんなでそれに従う。それなら文句は無いよね」
早坂は鼻息をひとつ、
「俺は多数決自体が正しいとも思わないが、まあ、いいだろう」
と、申し出に応じた。
早坂が素直に従ったのにはわけがあった。早坂は常より中学生たちと密にコミュニケーションをとり、自分のシンパに育て上げていた。中学生は「歴史を変えると現代に帰れなくなる」という脅しに弱かった。現代では問題児として大人から鼻つまみ者扱いされていた中学生たちも、いざとなると所詮子どもである。
そういうわけで早坂には多数決になれば絶対に勝てる自信があった。早坂が「貨幣を導入すれば歴史が変わる。そんなことをしてはいけない。みんなで柵の中を充実させよう」と伝えれば、みな早坂に準ずるだろう。
「そのかわり、岩崎の案が否決されたらどうなるんだ?」
早坂は尋ねた。
「その時は――」林は口籠った。
「その時は、俺の考えに従ってもらうぞ」
そして翌朝。
笹見平のメンバーは畑や工事現場などそれぞれの持ち場に向かう前に、観光案内所前に集合した。林が前に立ち、岩崎の貨幣案と早坂の内部充実案の概要を説明した。そして右腕を前にまっすぐ伸ばし、
「岩崎君の案に賛成ならこの手の右側へ。早坂君の案に賛成なら左側へ。それでは動いてください」
アスファルトの上を足音が重なっていく。
やがて、足音がとまった。
「そこまで。動かないで」
林は人の頭を数えはじめた。
だが、結果は数えなくても分かるほど明らかだった。
岩崎案:大学生8人中学生4人
早坂案:大学生12人中学生28人
岩崎はうなだれた。
「歴史は変えない、これが総意だ!」
早坂の声が、朝もやの笹見平にこだました。