Chapter6 理想と現実
笹見平に初霜が下り、本格的な冬が訪れた。早坂は柵工事と畑以外にも人員を編成し、狩猟採取に力を注ぐことを林に伝えた。伝えたといっても、それは決定事項であり、通告である。
早坂は多数決で勝利したのち、笹見平における完全な影響力を手に入れた。おそらく、林に代わってリーダーになることもできただろう。しかし彼はそれをしなかった。
今の立場の方が動きやすいし、責任の所在をかわすことができる。早坂から見て林は朝廷であり、自分は幕府の将軍なのだった。
また、早坂は、林にしかできない重要な役割を知っていた。イマイ村とのやりとりである。早坂は多数決勝利後、即座に柵の閉鎖――すなわち「鎖国」を宣言した。
だが実際、昨日まで仲良くしていたイマイ村の縄文人たちに急に背を向けるのも不自然である。向こうにしてみれば穏やかではない。
「笹見平の連中は俺たちに敵意を持ちつつある」と攻め込んでくるかもしれない。それを防止するために、早坂は林をリーダーの座に残し、イマイ村担当役として張りつけた。
ユヒトらは林がリーダーであることを知っている。リーダーと直接話ができることを、ある種の名誉と捉えている節もある。
「林、縄文人らにくれぐれも伝えてくれ」
早坂は鎖国を決めた時、林に言った。
「『笹見平には特別な事情があって、今後きみたちを柵の中に入れることができない、しかし、ぼく(林)はリーダーとして柵の外に出て話をすることができる。用があったらぼくを呼び出してくれ』とな」
林は首を傾げ、「その『特別な事情』とやらを訊かれたら何て答えたらいいの」
「適当にとぼけろ。縄文人の脳ミソじゃ分かんないようなことを」
「ほとんどの場合、ぼくらが彼らに何かを尋ねていることが多いのだけど」