湯(タン)師兄が、まず階下へと姿を消すと、男たちが、その後を追った。彼らが、今夜、招かれた客というわけであろう。
地下への扉は、開かれたままである。意外に、内部の戸じまりは、甘いのかもしれない。
あの扉のむこうに、漁覇翁(イーバーウェン)の商売の秘密がある――これまで不可解なことだらけだった、漁門の核心が。
私は、二階から中庭へ下り、彼らが入って行った扉のそばに寄った。
(南無阿弥陀佛、南無吉祥天、どうか、ご守護を)
跫(おと)をたてぬよう、気配を消し、神経を総動員しながら、あとを追った。
階段を降りきってすぐのところに、部屋がある。どうやらそこは、門番が詰める場所であるようだ。人の気配がする……こちらへ近づいて来る。
とっさに、手近にある部屋の扉をひらき、あたりを見まわした。暗くて、よくわからない。地下室など、光はほとんどないに等しい。
手さぐりで、部屋の奥にある扉をさがし当てた。どうやら、衣裳室であるらしい。私は、その扉のむこうへところがり込んだ。
(南無三宝、どうか、みつかりませんように)
そこへ、明かりをもった男が、入って来た。
「準備ができますまで、ここで、お話をうけたまわりましょう」
段惇敬(トゥアンドゥンジン)の声であった。
「段二(トゥアンアル)(段惇敬(トゥアンドゥンジン)の通称)、この前、うちに回してくれた『象』のことだが」
「何か、不始末を、しでかしたでしょうか?」
吊り下げられた服と服の間から、わずかに扉をひらいて、ようすをうかがう。
短軀、かた太りの男が、傲岸不遜な態度で、榻牀(ながいす)に身体をしずめていた。猪首のうえの四角い顔が、ろうそくの明かりをうけて、闇のなかに浮かんでいる。厚いまぶたの下に、凶悪な光をはらんだその男は、卓子(テーブル)をはさんで、段惇敬(トゥアンドゥンジン)と向き合いながら、フーッと煙を吐いた。
「あれは、力が強いのはいいが、言うことをきかなくて困る。いっぺん、返品させてもらうぞ。よくしつけておいてくれ」
「……あいすみませぬ。では、今一度、調教しなおして、お役に立つようにしておきます」
「できるのか? あれは、強情だぞ」
「どうしても、言うことをきかないようでしたら、べつのものをおとどけいたしましょう。ほかの豕(ぶた)や、鶏は如何?」
「問題はない」
「『朱雀(すざく)』は、いかがしておりますでしょうか」
「ああ、あれはよい女だ。最初はかなり暴れたがな。高い金を払っただけのことはあった」
客は、相好をくずした。
「こないだは傑作でしたよ。われわれの商売にケチをつけて来た正義漢がいましてな。どこぞの下級役人でしたが」