第一章 三億円の田んぼ
(二)
「三億円?」
勝木課長の目が、丸くなった。
「一反、三十メートル四方で、三億円やて?!」
めったに動じない高橋警部補も、驚いている。一方、富井田課長は、同感らしい。わざとらしいくらい大きく、うなずいている。
秀造はどうかと、ちらっと顔をのぞいてみると、意外なことに当惑顔だった。
やがて、勝木課長が、気を取り直した。苦笑いして、肩をすくめる。
「普通の田んぼやないのは、ようわかった」
そして、玲子に向き直り、改めて敬礼して見せた。
「なんにしても、たった五百万円程度の事件じゃ、警視殿の高い時給には、見合わん事件やと思いますな」
どうやら、それが言いたかったらしい。
「まっ、農道のビデオに犯人の車が、映ってるやろ。捕まるのは時間の問題やな」
勝木課長は、再びぐすりと笑ったかと思うと、クルリと背を向けた。さっさと、歩き去って行く。
所轄に任せて、引っ込んでいろと言うことだろう。
そのとき、勝木課長の後ろ姿に、意外な大声がかけられた。
「何、言ってんだい。犯人は、農道なんて使ってないよ」
振り向くと、タミ子だった。お地蔵さんのような微笑みを浮かべている。
勝木課長も足を止め、不審そうな顔で振り向いた。
「あんた、何もんや?」
タミ子はそれには答えず、枯れた田んぼと用水路の間、あぜを指さした。
「よく見てごらん、箒目(ほうきめ)が残ってるだろ。鑑識の人は気づいてたよ」
言われてみると、あぜに動物が引っかいたような跡が残っている。箒で掃いた跡にも見えた。
「なんなんや? それが」
「犯人が、箒で掃いてった跡だよ。自分の痕跡を消すためにね。奴は、ここから毒をまいて、稲を枯らしたのさ」
勝木課長初め、全員が黙って息を呑む中、タミ子は一人笑っている。そして、用水路を指さした。
「犯人は、この用水路伝いにここまでやって来たんだろう。そしてここであぜに上がり、毒をまいた。その後、箒で痕跡を消すと、また用水路伝いに移動して帰った。臭跡や痕跡を残さないためにね」
玲子も、薄笑いしてうなずいた。
「確かにな。農道のビデオは、参考にならなさそうだ。そんなに、馬鹿な犯人じゃないってことか」