(07)無垢にして、何者からも自由な存在として生を受けている。

我々人間は罪人として生を受けている者ではありません。原罪などを負って生を受けている者ではないのです。草原に生を受けたライオンのように、密林に棲息する虎のように、あるいは大海原を悠然と遊泳する鯱のように無垢で何者からも自由な存在として生を受けています。

(08)平和と自由と幸福を希望する。

我々人間は、仮我でしかない自我を持つ無常にして無我であり流れ移ろい行く夢幻のごとき実在ですが、生あるうちは、平和、自由、幸福などを希望する生命体です。従って、人間界はこの希望の実現に向かうことを善とし、そうでないことは不善とするという認識が横溢していなければなりません。

(09)最高位者は人間自身である。

我々人間にとっての最高位者は、人間の外側に存在する何者かではなく、我々人間自身です。神仮説によっても我々自身が神をも越える最高位者であり第1の大事です。これは誤謬でも傲慢でもありません。

なぜなら、神を肯定・否定するにしても、宗教を肯定・否定するにしても、自己を肯定・否定するにしても、何をするにしても、これらがあなたにとって有効にして意味あるためには、その大前提に肯定されているあなたという自己が存在しなければならないからです。