【前回記事を読む】家賃の集金まで後3日あるはずなのに、「顔が見たくて…」と管理人が待ち伏せ。“誘い”を断っても引き下がらず、行く手まで塞がれて…

走れ安兵衛 ―安兵衛の恋・逢わずして許我こがゆく駕籠に―

(シナリオ)

《同・細道》

鬼造「若旦那、何か難儀なことでもあるんですかい?」

と一之助に声を掛ける。

一之助は、照れ笑いを浮かべる。

一之助「困ったことがあったら、親分その節はよろしく」

と愛想笑いをして、すたすた立ち去る。

一之助が去った後も、安兵衛、そのまま居残って様子を窺っている。

鬼造、一之助に軽く頭を下げ見送って、振り返る。

じっと様子を窺っていた安兵衛に、

鬼造「安兵衛かい。……町屋で人探しをしているんだってな」

安兵衛「へえ、まあ」

鬼造、疑い深い眼差しを向け、

鬼造「まあ、いいや。怪しいものがいたら知らせるんだぜ、いいな」

と言い残して、十手で肩を叩き、去っていく。子分も後に続く。

《江戸飛脚問屋山田屋前(日替わり)》

飛脚箱を背負った飛脚が出ていく。依頼客が店に入っていく。店の出入り口の上に「飛脚問屋山田屋」の看板がかかっている。

《同・店内》

安兵衛、飛脚箱を持って出ていこうとするところを主人の八左衛門(60)から声を掛けられる。

八左衛門「今度の仲間会は、ヤっさんがいるから楽しみだ。いつも大坂屋の次郎吉にやられているからね」

安兵衛「へい」

八左衛門「江戸飛脚問屋の九軒仲間で仲間会と称して速足(はやあし)比べを始めて一〇年。今度こそ我が山田屋が、ヤっさんで」

安兵衛「へい」

八左衛門「勝ったら、九軒仲間からの他にも、この山田屋からもご祝儀がでるからね。頑張っておくれよ」

安兵衛「へい。でもあんまり言われると、足が動かなくなりそうで」

八左衛門「ヤっさんなら大丈夫だよ。でも、次郎吉の雲隠れには注意した方がいいよ」

安兵衛「時々姿が見えなくなるらしいですね」

八左衛門「そうそうそれそれ。何しろ、鼠小僧の血を引くといわれているくらいだからね。次郎吉の姿は見失わないようにね。勝って、お世津さんにお土産でも買ってやりなよ、ね」

安兵衛「へー(一人ごちながら)よくご存じで」

八左衛門「長の字長屋の別嬪さんを知らない者はいないよ。こぶつきでもなんでもいいってさ。大家の倅(せがれ)の一之助がご執心だって噂じゃないか。ヤっさんも負けちゃいられないね」

安兵衛「とんでもねえ。あっしなんか。じゃ、あっしはひとっ走り行ってまいりやす」

と、店の外へ走り出す。