「そうですか、僕も会社勤めしていた時期があったんで、分かりますよ。慣れるまで大変ですよね」
女は頷き、グラスを取った。
「……バーテンさんは、おいくつですか? あ、美味しい……」
「24になったばかりです。暁といいます、よろしく」
女はこくりと頷いた。
「じゃあ私、1つ下です。今年23になるの」
「就職して2ヶ月ちょっとってとこ? 1番しんどい時期かもね」
「はい、しんどいですね……先輩が厳しくて。厳しいだけならいいんだけど……えこひいきするし、ちゃんと教えてくれないし……」
お客が語り始めたら、たまに相槌を打つくらいでバーテンは黙って聞くべし。相手は聞いて欲しいのだ。
なかなか可愛い子だ……。彼女が語る苦労は暁も味わった新人故の悩みだった。つまりは要領が良くないのだ。
「そうですね、大変だね、頑張ってるよ」
彼女は科子と名乗った。
「科学の科でしなこって読むの。いつもなんて読むのって聞かれるの、親が科学の先生なのよ。おかわり」
「へえ、教師か」
「私は科学なんて嫌いなのに。親の言うままに教師になりたくなかったから就職したのよ、でも今のままでいいのかなって思っちゃう」
「そうかあ」
まだ2杯しか飲んでいないのに、飲み慣れていないのだろう、もう真っ赤だった。弱くしたのだが。
「その辺で止めておいたら? そろそろ帰ったほうがいいよ、電車でしょ?」
暁は水を差し出した。酔わせ過ぎないことも大事だ。あくまで気持ち良く飲んで貰わなければ。科子はうんうんと頷くと、チビチビと水を飲んだ。
「……暁って、いい名前ですね。お母さんがつけたんですか?」
暁は頷いた。
「そう、明け方に生まれたってことらしいね。梅雨の合間に晴れたからって聞いたよ」
「きっとキレイな明け方だったんでしょうね……ありがとう、話聞いてくれて。元気出たかも。帰ります……」
科子はノロノロとバッグから財布を出した。
「傘いるかな?」
マスターがコートを取るついでに、ドアを細く開けて外を確認してくれた。
「止んでますよ」
「良かった、気をつけて帰って下さい。ありがとうございました」
「……また来ます、暁さん」
「お待ちしています、科子さん」
暁はにっこりと客を送り出した。やれやれ……。
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「暁君のイメージがトカゲなのよね」とバーのオーナーが笑うと、一度だけ寝たことがある人妻が意味ありげなことを言いだし…
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