「それはそうだけどな」

文系の美咲なら数学でも教えられるだろうが、悠太は理系で数学が得意なのだ。教えるのはさすがに難しい。

「俺が数学が得意だったといっても、もう40年以上も前のことだよ。研究をやっていたといっても、普段から受験数学でもやっていないとさすがに無理だよ」

「じゃあ、英語は見てもらえるのね」

幸恵はさらに畳みかけてくる。

「まあ、英語なら教えられるけどな」

隼人は留学経験もあり、仕事でも英語をずっと使ってきたので、大学入試レベルの英語なら教える自信があった。

「数学は予備校で頑張るしかないわね」

幸恵と悠太は顔を見合わせて互いに頷いた。

「予備校では何を勉強しているの?」

「数学です」

「現役のときも?」

「この4月から」

「伯父さんじゃ数学は見られないから、それがいいかもしれないね」

当面、毎週火曜日の午後に、隼人が幸恵の家に出向くことで話がついた。悠太と颯太は相部屋なので、颯太が帰宅するまでの時間帯を選ぶことにした。

―無断入室禁止―

美咲の部屋の扉(とびら)には黒マジックで殴り書きされた紙が貼られている。

美咲が嫌がるので普段は滅多に入らないが、それでは美咲の勉強の様子がまるでわからない。隼人は浩子がいない隙を見計らって、こっそり部屋に足を踏み入れた。美咲に面と向かって聞き出そうにも、まともに取り合わないことは明白だった。

浩子も掃除機をかけるときに入るくらいにしているようだが、机周りを整理整頓されることを美咲が黙認しているのは彼女なりの妥協なのだろう。

扉を開けると、乱雑極まりない光景が隼人の目に飛び込んできた。

机上には、参考書や問題集が積み重なっている。隼人はその中から和文英訳の問題集を取り出し頁をめくった。空欄には答えが書き込まれ、赤ペンで○×がつけられている。日本語をそのまま英単語に置き換えただけで、まともな英語とは言い難かった。

床に落ちていた数学の解答用紙には、赤字で採点者のコメントが記されていた。

「何してるの!」

突然の甲高い声に隼人は振り向いた。浩子が入り口で般若(はんにゃ)のような形相で立っていた。さっき買い物に出かけたばかりだと思っていたが、いつのまにか戻っていたのだ。

次回更新は11月6日(金)、18時の予定です。

 

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