やがて、葉子の中に、ひとつの真実が生まれてきた。いつか、必ず彼と再会できる。再会して、わたしは新しい人生を生き直すのだ。それが、いつのことかはわからない。ただ、わたしには、そういう未来が待っている。
そう信じて自分に言い聞かせることで、世界がそれまでとは違うものに見えてきた。何も根拠のないことなのに、それを頼りに生きてきたのかと思うと、不思議でもあり、滑稽でもあった。
年が終わろうとしていた。葉子が英介のマンションに暮らすようになって、一か月ほどが過ぎていた。
どういうわけか、その年の冬は、雨が多かった。風もなく、霧のような雨が続いた。窓から眺めていると、細かい雨粒が粉を撒いたように降っていた。
マンションのすぐ下にある緑地帯には、冬でも葉を茂らせている樹木が多かった。シマトネリコ、ユーカリが目についた。椿の葉も、尖ったようなかたちの葉を黒々とさせ、雨に光っていた。
葉子は、かつて英介の妻が暮らしていた部屋に、次第に馴染んだ。そこで、ショパンのピアノ曲を聴いた。とくに四つのバラードが良かった。
奏者は、アシュケナージで、一九七〇年代に録音されたものだった。とても静かで、山合いの湖畔に立ち、足元に寄せてくる波を感じているような、美しい演奏だった。
「いつもショパンを聴いているけれど、よほど好きなんだね」英介に言われて、葉子もそうなのかと思った。
「そんなに真剣に聴いているわけでもないのよ。昔よく聴いていたから、そのときのことを思い出すのよ」
葉子はそう言うと、リモコンを使って、CDプレイヤーの電源をオフにした。音が消えて、静寂がくる。それでも、耳の奥にはいつまでも音が踊っているようだった。
葉子にとっては、ショパンを聴いているというよりも、音の中に身を置いているという感じだった。ショパンは、弟子たちに向かって、歌うように曲を弾くようにと指導したと言われている。
彼のピアノ曲は、どこか人の語りにも似ていて、葉子が音の中にいると感じるのは、耳元で誰かに囁かれているように感じるせいかもしれなかった。
次回更新は11月2日(月)、22時の予定です。
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