序章 胡蝶夢号、再び走り出す

人の一生は重荷を負(をひ)て遠き道をゆくが如し──徳川家康

2025年10月13日、半年あまりにわたって続いた大阪・関西万博が幕を閉じた。そのテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。 

その言葉は華やかなパビリオンや最新技術だけでなく、私自身の心の深い部分にも、不思議な余韻として残った。

4日後の10月17日、私は75歳の時にピアノを習い始めて以来、3度目になるピアノ発表会のステージに立った。そしてドビュッシーの『月の光』を弾いた。静かに揺れるアルペジオがホールに満ちていく。音楽演奏はその一瞬に変化し消えゆくが故に輝く。

「人生もまた、月の光が波打つ湖面に反射しながら、様々に揺れ動き、その一瞬、一瞬に輝き、やがて静かに消えていくようなものかもしれない」と、ふと感じた。78歳を迎えたいま、小さな音の一つひとつが、過ぎ去った年月をそっと照らし出すようだった。

なぜ人は旅に出るのだろうか。目的地に着くためではなく、考えるために動き出すことがある。キャンピングカー『胡蝶夢号(こちょうむごう)』という小さな時空間は、私にとって「走る書斎」であり、「問いを立て直す場」でもある。茶室にもなる。

今回の旅は、風景を巡るだけでなく、「いのち」と「平和」を考え直す時間の始まりである。 10月20日、私は胡蝶夢号に荷物を積み込み、再び旅へ出た。昨年の胡蝶夢号の旅でも実感したが、日本は至る所に豊かな自然があった。そして平和で平穏な暮らしがあった。1

また、古事記などの神話や、弥生時代に遡る遺跡を目にすることもできた。そして、正岡子規、夏目漱石、北里柴三郎、佐野常民など、いのちの問題に大きな足跡を残した先人に接する機会に恵まれた。さらにピカソの《ゲルニカ》、長崎の平和祈念像、広島の原爆ドームなど戦争の痛ましさや、平和への願いを目の当たりにした。