夕食は、焼き肉だった。料理をほとんどしない父でも、焼き肉なら準備しやすいということも理由かもしれない。食事テーブルに隙間なく新聞紙を敷き、その上にホットプレートをセットするのが、うちの焼き肉の定番スタイルだ。
見栄えはよくなかったが、母に言わせると片づける手間を考え、このスタイルが一番よいのだそうだ。たまに一人暮らしの小さな一室で、こぢんまりと冷蔵庫にある残りものと「鍋の素」を片手鍋に放り込み、「ひとり鍋もどき」をすることはあるが、一人で焼き肉をすることはなかった。
おいしそうな肉の脇に、厚めに輪切りにされた玉ねぎが大量に大皿にのっているのも懐かしい。きっと昨夜のうちに母が切って準備してくれていたのだろう。
いい具合にしんなりした玉ねぎを肉の脂がほどよく染みた焼き肉のタレにくぐらせて食べるのは、好きな食べ方だった。
菜箸で肉や野菜をホットプレートに並べながら、家族四人、それぞれの職場や学校での感染対策のあれこれを、なんだか興奮気味に話した。
修了式もしていないから、高一から高二に進級する実感がわかないままだと言う妹の優香は、突如決まった一斉休校が自分たち中高校生にとって、いかに理不尽なものであったか、肉に手をつけるのも忘れるほど語り続けた。
「友だちに急に会えなくなるなんて、あり得ないよ。わけわかんない。中学生なんて、卒業式に在校生も親も式に出られなかったらしいよ。仲いい子に中三の弟がいるんだけど、その子は四月に予定されていた修学旅行が中止になったって言うし。部活もないから毎日家で腐ってるって。人って本当に『腐る』んだって、その子言ってた」
優香の嘆きを聞きながら、自分たち大学生だけじゃないんだっていう当たり前のことを改めて突きつけられた気がした。
合唱部の優香は、「離任式の日に三年生の先輩たちに、サプライズで合唱を聞いてもらう予定だったんだよね。顧問の先生も転勤しちゃうから一緒にってみんなで相談してたんだ。最後にせめてみんなで歌いたかったよ」と続けた。
悲しみと憤りの入り混じった優香の言葉に「わかるよ」と言いながら、自分まで泣きそうになってきた。
父の勤める会社では、初めのうちは、発熱で休む人がいると、心配しながら、一応その人の机の周りを、みんなでこっそりと消毒していたのが、今では大っぴらに消毒スプレーをかけまくっているのだそうだ。
「まじか。会社に持ってきてないよな」と、あからさまに言う人までいるそうだ。コロナに感染したと診断されたわけでもないのに、だ。
ヒトって怖い。でも、母の今日の様子を思い出せば、大げさではなく、実際のところ、そんな感じなのだろう。
気が滅入る話をしながらであっても、家族の気楽さの中で、なんだかんだ言いながら、おなかいっぱいになるまで食べた。大きなガラスの器に盛られた普通のグリーンサラダですら、レタスのちぎり具合からドレッシングの酸っぱさ加減まで、家に帰った安心感からか、おいしく感じられた。