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やはり由那は赤道から離れなかった。なら、麻田は由那に会おうとは言わない。平行線だ。ニッコウキスゲを見た日からもうひと月半会っていなかった。

由那は先月、赤道が入院したと麻田にメールしていた。

〈緑さん、クマちゃんに会いたがっている〉

赤道に会うなど、もってのほかだ。あの柔和な顔は殺人犯の顔なのだ。人を殺すとき、あの大きな目をもっと見開き、口は人を飲み込むほどに広がるのか。麻田は身震いした。

由那は自分が麻田に会いたいとは言わず、赤道が会いたいという言い方をした。麻田はそれも気にくわなかった。由那には「会うわけない」と返事をした。

「そういえば、ソフィア・ローレン、最近見えないわね」

テレビでイタリアンレストランの紹介番組を観ていた直美さんが言った。直美さんはもちろん事情を知らない。

「入院したみたいですよ」麻田はパソコンの画面から視線を外さずに答えた。

「あらそうなの? 心配ねぇ。社長、お見舞いいらっしゃる? 状況がわからないか。でも、お菓子でも買ってきましょうか。当たり障りのないフルーツゼリーとか」

直美さんはまたもひとりで突き進もうとする。ふだんはありがたいが、いまは、払ってもつきまとうハエのようだ。

「いや、放置でいいです」麻田は「放置」という言葉を強めに言った。

直美さんは少し面食らったようだ。しかし、麻田からそれ以上の説明がないとわかると、またテレビに向いた。しばらく画面を見ていた直美さんは、

「そうそう、これ。ここのカンノーリは最高なんだってば」

画面に頷いている。イタリアのデザートらしい。とりあえず詮索されずに済んでほっとしたら、また、

「社長、気が変わったらおっしゃい。買いに行くから。入院している人に『放置でいい』なんて、人聞きがよくないわ」

麻田はさすがにカチンと来て、

「人聞きなんか、どーでもいいです。絶対に行きませんから」

直美さんは目を丸くし、「そうなのね」と呟いた。

直美さんに怒ったのは初めてだ。

赤道が殺人犯と知って以来、麻田の飲む気も失せた。飲み潰れていた夏、ずっと靄(もや)がかかっていた意識が、虫の声の聞こえる時期になると鮮明になってきた。すると夜はまた、あの日のレイラの激痛をわが身に感じる。

……どっちを向いても苦しみか。

自嘲の笑いはしかし、レイラを思うと凍りつく。

次回更新は10月20日(火)、11時の予定です。

 

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