「はい。分かりました。私、これから、どうしたらいいのですか」
勘の鋭い妻は、自覚して覚悟していたのだろうか、思いのほか、冷静な応対で動揺はなかった。ホッとした。
「趣味をしたり、得意な料理を作ったり、好きなテレビを見たり、散歩したり、お友達とお話ししたり、楽しいことを見つけて過ごせばいいのです。ご主人も応援してくれますよ。来月また来てください」
と満面の笑顔で言われて妻は、「はい。分かりました」と素直に応えていた。
診察を終えた帰り道、
「お父さん、認知症って嫌な名前ね。でも、私薄々感じていたの」
と妻は言った。やはりそうかと思った。
「今は、医学と薬が発達しているので、心配しなくてもいいと思う。お前の場合、まだ、軽いから、お薬を飲んでいれば治るよ。先生の言われる通りにやろうね。お父さんも、全面協力するから、安心して」
と言った。
「ありがとう。お父さん。私、お父さんだけが、頼りだから」
とはしゃいで腕を組んできた。照れくさかった。
妻に、絶対に言えないことがある。アルツハイマー型の認知症は、薬で進行を遅らせることができても、現在では根本的に治すことは難しいということだ。
妻に嘘をついた。でも、これだけは、一生伝えられない言葉だった。
その後、妻の認知症状は、次第に進行していった。
私は、認知症と闘う決心をした。