そういえば、とまち子は思い出した。帳場で明日のお客のリストを確認したとき、永井比呂志の名前を見つけた。
携帯を確認すると、比呂志からのメッセージが届いていた。急な仕事で明日工場に行くことになった、という内容だった。
「あの人、明日の夜に来るみたい」
まち子は、佳織がもう一泊ここにいるなら、明日は比呂志をここに招けない。近くの宿を利用しようかしらと考えた。
仁明亭の、比呂志の泊まる部屋に忍び込むこともできなくはないが、そういうことはしたくなかった。
「ご心配なく。わたしは明日には退散しますから」
まち子があれこれ考えていると、佳織は笑いながら言った。
「そんなことを気にしなくていいのよ」
比呂志のことは、佳織も承知している。まだ引き合わせたことはないが、母の恋人に対して、娘なりの一定の理解はしているようだった。
「わたしだって、そんなに暇ではないのよ。それより、会えるのは久しぶりなんでしょう?」
「そうね、二か月ぶりくらいかしら」
「何よそれ。そんなので、付き合っていると言えるの?」佳織は、怒ったように言った。
「そんなことを言われても。もっと頻繁に会えるときもあるのよ」
まち子はさほどお酒が強くないが、佳織はかなりの酒豪だ。冷蔵庫にあった二本のビールを飲んでしまうと、自分で持ってきた赤ワインのボトルを飲み始めた。
佳織に言われるまでもないことだった。比呂志との関係は、まち子にとっても定まることはない。長い付き合いだったし、出会った頃のような情熱はかたちを変えているが、彼がいまでも、まち子にとってかけがえのない存在であることに変わりはなかった。
比呂志がいることで、まち子の人生に張りも出てくるし、何よりも女としてのまち子が比呂志を求めていた。
しかし、それだけでは割り切れないこともある。比呂志には家庭も仕事もあり、まち子と接することができるのは、ごく限られた一面でしかなかった。まち子には見えない世界がある。
そのことに、悩み狂った時期もあった。いっそ、この関係をやめてしまおうかと考えたこともある。実際まち子がやめてしまおうと思えば、それで終わる。
まち子の心次第で、どうにでもなる関係でもあった。しかし、まち子はそうはしなかった。比呂志と会い続け、いつしか、歩けるところまで歩こうと思うようになっていた。
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