気づくと私は、母親にされて嫌だったことや辛かったことは絶対せず、逆に私が幼少期にされたかったことを心がけながら息子と過ごした。泣けばいつでも駆けつけ、たくさん遊び、寝る前には子守唄を歌ったり絵本を読んだり、たくさん抱きしめ「ママとパパの宝物だよ」と毎日一緒に眠りについた。
母親を反面教師にすることで、息子の育児を必死にやってきた。
子どもは容赦なく、いつだって全力で喜怒哀楽をぶつけてくる。
そんな息子の姿を見ていると、いつも我慢し、素直に泣いたり怒ったりできなかった自身の幼少期を思い出した。
これが本来の普通の親子関係なのだと知り、イヤイヤ期に入ると、息子は思い通りにならないたびに泣き喚くけれど、好きなだけ泣かせ、落ち着くまでそっと見守り、その後に、どうしてやりたいことができないのか、してあげられなかったのかを、その都度息子に分かりやすいように説明し、「でもやりたかったよね」と寄り添い続けた。
あなたはあなたでいいんだよ。
私に遠慮なんかせず、泣いても怒ってもいいんだよと息子と向き合い、私なりに精一杯の愛情を注いだ。
そして、親というのは頭でなるものではないのだと知った。
想像の世界でしかなかったけれど、子どもの愛し方、叱り方。
その人それぞれのやり方があり、子どもの性格によっても変わってくる。だから子育てすべてにおいて《これが正解》というものはないのかもしれない。
私が良かれと思ってしたことでも息子にとっては嫌ということもきっとあって、息子は私ではない以上、息子に合う方法を常に試行錯誤しながらの育児だ。
気づくと喜びを抑えきれずに、声にならない歓声が溢れ、子どものように飛び跳ねて喜んだ。
私は、父や母に愛されたかった。私をちゃんと見てほしかった。
こんな環境と経験のせいか、結婚にも子どもを持つことにも、ずっと抵抗があった。父と母の姿を見てきて、夫婦にも家族にも子どもにも、すべてにおいて夢や希望を持てなかった。
子どもが好きなのと、子どもを育て愛せるかはまったく別の次元の話だと思った。
気づくと私の描く母親像は、自身の母親の姿となぜか重なっていくのだ。
子どもは可愛い、大好きだけれどどうやって愛せばいいのか。
どうやって叱ればよいのか。
親となれば、可愛いとかそれだけの生半可な気持ちで務まるものではなく、産んでから育ててみてやっぱり無理だった、失敗した、後悔したと言い出しても時間を巻いて戻すことはできない。子どもをもし不幸にしてしまったとしたら、私のような子どもをこの世に生み出すことになってしまう。
長年漠然と抱えてきたはずの不安だったが、妊娠を知ったとき。
新しい命が、私と一樹の赤ちゃんが、今確かにここにいる。
その時、強く思った。
―この子には、絶対に私のような思いはさせない。
妊娠しすぐ吐きづわりが始まり、精神薬もやめたのでほとんど眠れない妊娠生活を送った。結局、出産するまでつわりは続き、眠れず吐き気に耐える日々に、何度も心が折れそうになり、一樹の前で何度も泣いた。
でも不思議とずっと気持ちは穏やかで、出産予定日の数日前に破水し病院へ。