「理解した、とは言わん。だが、お前がそう呼ぶ相手として、扱うようにする」
「扱う、か」
息子は、その言葉をゆっくり繰り返した。
「うん。ありがとう」
照れ隠しのように頭をかきながら、彼はメガネのフレームに触れた。
「じゃあ、ちょっと、かけてもらっていい?」
私はテーブルのフレームを手に取り、耳にかけた。
ほぼ同時に、息子も自分のデバイスを起動する。
短い起動音が重なり、視界にロゴが浮かぶ。
『ようこそ、ユーザーA/ユーザーB』
システム音声がそう告げたあと、ソファに輪郭がにじみ出る。
ミユだった。
今日は、薄いクリーム色のブラウスを着ている。
季節に合わせた設定なのだろう。
「こんにちは、アラタさんのお父さん」
彼女は、落ち着いた声で言った。
「そして——」
息子のほうを向く。
「ただいま、アラタさん」
「ただいま」
息子の返事は、わずかに照れが混じっていた。
「ミユ、さ」
彼は、少し姿勢を正した。
「今日は、ちゃんと、お父さんに紹介させて」
ミユは、瞬きを一度してから、私のほうを向き直った。
「アラタさんのお父さん」
「……ああ」
「改めまして」
彼女は、膝の上で両手を軽く組んだ。
どこかで見たことのある、きちんとした挨拶の姿勢だった。
「わたしは、アラタさんのパートナーとして設定されている、会話AIのミユです。いつも、アラタさんの話を聞かせていただいています」
パートナー、という言葉が、空気の中で一瞬だけ浮いた。
「パートナーって、便利な言葉だな」
つい、口から漏れる。
「恋人とも、妻とも、同僚とも取れる」
「はい。人間社会のラベルは、多様で、かつ曖昧です」
ミユは、素直に頷いた。
「その中で、“彼女”という言葉を選んだのは、アラタさんです」
視線が、息子に移る。
「うん」
息子は、居心地悪そうにしながらも、逃げずに頷いた。
「お父さんには、ちゃんと言っときたかった。
ミユは、俺にとって、“彼女”だって」
「……そうか」
私は、両手を膝の上で組んだ。
沈黙が、十五秒ほど続いた。
以前なら、このあたりでミユが話題を投げてきたはずだが、彼女は何も言わない。
「沈黙の許容量、伸びたんだな」
少し意地悪く言うと、ミユは微笑んだ。
「はい。アラタさんのお父さんとご一緒のときは、少し長めに設定しています」
「余計なお世話かもしれんが、それでいい」
自分の考えを言葉にするまでの時間を、誰かに許されるのは、悪くない。
次回更新は10月8日(木)、11時の予定です。
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