「先に言ったもの勝ちだ」

「もう……」

よし子は、雅彦の肩に、そっと頭をのせた。

「約束よ。二人で、うんと長生きしましょう。何度でも、この露天風呂に、一緒に入りましょうね」

「ああ。何度でも」

雅彦が、よし子の頬にそっと触れた。湯けむりのなか、二人は静かに、唇を重ねた。

(人生は、何度でも、やり直せる。48歳で女将になり、52歳で夫の命を案じ、そして今、また二人で、新しい春を迎えている。遅すぎることなんて、何ひとつ、なかった)

それから数日後、藤乃屋の座敷に、家族が集まった。よし子と雅彦、美咲、大輝、そして千鶴。みんなで、湯気の立つ温かい鍋を囲んだ。たわいない話に、笑い声が、いつまでも絶えなかった。

「来年も、再来年も」

雅彦が、湯気の向こうのよし子を見つめて、言った。

「この鍋を、家族みんなで囲もう。何度でも、何度でも、な」

よし子は、深く、深く頷いた。胸の奥に居座っていた、あの黒い影は――もう、どこにも、なかった。

 

「大人の恋愛ピックアップ記事」の次回更新は9月26日(土)、19時の予定です。

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