「九年前に、本当にマヤタでデスネヒトが大発生したの?」
「ええ、本当よ。一年ほどでマヤタの緑が食い荒らされ、次にマヤタ周辺のアジアやロシアの森も被害を受け、それから、三、四年してわたしの住んでいたオーストリアのチロルにも被害が及んできたの。
そのとき、わたしは十七歳だったわ。わたしの大好きなチロルの野山が、まるで鉄錆のように点々と赤茶けていったの。野山が血を流して苦しんでいるみたいで、見るのが辛かったわ。鉄錆はみるみる広がっていって、一年もたたないうちにチロルのほとんどの緑が消えてしまったの……」
看護師は目に涙をため、声を詰まらせる。
「ヨーロッパの美しい緑が消えてしまったの! それじゃ、日本はどうなったの?」
「日本って、あなた日本から避難してきたんじゃないの?」
看護師は驚き顔で聞き返す。
「緑はいっぱいあったと思うけど、その緑と同じぐらいわたしの大好きなものが、いくら待っても出てこなかったような気がするの。それが、何だったか思い出せそうで思い出せない……」
ルリエは、頭を抱えて考え込んでしまった。
「緑と同じぐらい大好きなもの? 日本のことまでは詳しくわからないけど、世界屈指の研究チームがデスネヒト抗体を開発して、しばらくは持ちこたえていたようだけど、ロシアや中国の方から風に乗ってやって来るデスネヒトガスに遂に耐えられなくなって、大きな被害が出ていると何年か前にニュースで見たことがあるわ」
「大きな被害が出ている……」
家の周りには緑がいっぱいあったような気がするが、だんだん自信がなくなってきた。
(確か夕暮れで、きれいな水が流れていた。そうだ、最後になって待っていたものがやっと出たんだ。それに犬がいたような気がする。名前は何て言ったっけ?)
こうしている間にも記憶がどんどん失われていってしまいそうで、ルリエは不安だった。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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