結 宿縁
波瑠との再会を果たせないまま長い年月が流れた。僕は母との約束通り、他人に誇れる仕事に就き、金銭的な不自由はないほどに稼いでいる。生活には困らず、欲しいものは金で買えるものならすべて手に入るようになった。
けれど、パンケーキだけは一度も口にしていない。
街角のカフェから漂う甘い香りに足を止めそうになるたびに僕はあの日、原付の背中で感じた温もりと、果たせなかった約束を思い出し、自分を律してきた。それを食べてしまえば、彼女との最後の繋がりが消えてしまうような気がして怖かったのだ。
救わなければいけない人でさえ救えなかった。
母も妹も僕を縛る手綱もすべて消え去ったはずだ。それなのに高価な衣服に身を包んで歩く僕の心にはいつも晴れないモヤが立ち込めていた。
もう会えない。けれど、どうしても会いたい人がいる。
気分が落ち込んだ時、僕は決まってあの場所へ足を運ぶ。もちろん会えるはずなんてない。それでも「また会ってくれますか?」というあの日の約束が、今も僕の心を生かし続けていた。
今日も仕事が手につかず、午後の休みを取っていつもの場所にいた。
今日は祭りがあるらしく、数多の屋台と活気ある人波で溢れている。その賑わいとは裏腹に僕はただ水だけを買って石段に腰を下ろして重いため息をついた。
「……パンケーキ、いりませんか?」
背後から響いたその声に、全身の血が跳ねた。聞き覚えのあった。けれど少し大人びた響き。僕は弾かれたように振り返る。
「――一万円で!」
彼女は、あの頃のようにクククと喉を鳴らして笑っていた。
長く美しかった髪は短く切り揃えられ、肌は健康的に焼けている。かつての牡丹のような佇まいは、品格を忘れるほどの無邪気な笑みに塗り替えられていた。