【前回記事を読む】生徒にぎゅっと手を握られ、柔らかくて温かくて…だがその時、母親に見つかった。「あなた、自分が何をしているか分かっているの?」

一万円で君と会いたい

転 断罪

けれど、僕は見てしまった。僕を蔑む彼女の指先が、服の裾を白くなるほど強く握りしめられているのを。彼女もまた、誰かに『完璧』を強要され、自分を殺してこの檻を守ってきた、かつての波瑠であり僕自身だ。

去りゆく車列が残した排気ガスの匂いの中で、僕はただ立ち尽くしていた。

「二度と、娘の前に顔を見せないでちょうだい」

それが、僕に突きつけられた、この関係の最後通告だった。

家庭教師の契約は、その場で無残に引き裂かれた。僅かながら彼女の心に灯したはずの光は、再び名家という名の分厚い鉄格子の向こう側へと封じ込められてしまった。

後日、東屋さんからは「……本当にありがとう」と短く一言だけ告げられた。

そこに、いつも屋敷で僕を案内してくれた使用人からの手紙も一緒に渡された。

『お嬢様と出会ってくださりありがとうございました。』

たった一言だけ、けれど筆圧の強いその文字には、主従の関係を超えて波瑠を案じていた者の震えるような感謝が宿っていた。僕が彼女に灯した光を少なくとも一人は確かに喜んでくれていたのだ。

彼が何を意図して僕を彼女に引き合わせたのか今となっては確かめる術もない。その後、何度も東屋さんに「彼女に会わせてほしい」と食い下がっても返ってくるのは冷徹な一言だけだった。

「――諦めてくれ。それが、お互いのためだ」

冬が明け、春の足音が聞こえ始めても、僕の心はあの日、原付の背中で感じた彼女の温もりから離れられずにいた。

「今度は、この手を離さないでくださいね」

彼女の声に応えることができなかった後悔が宙に浮いている。僕は彼女が教えてくれた『生きる楽しさ』を胸に、ただ前を向いて歩き続けることしかできなかった。