どこにあるのか、スピーカーから、ドビュッシーの「月の光」が聴こえてきて、幽玄なムードが醸し出された。舞台の女性らは、静かな動きで大きな花器に、ススキを真っすぐに生け、大輪の菊の花を五輪、厳かにバランス良く生けた。生け終わると、女性らはまた、しずしずと舞台から岸辺へ戻り、スピーカーから流れていた曲も終わった。
その時、池の向こう岸の木々の上に、オレンジ色の強い光が小さく覗き、人々からどよめきがあがった。月が昇ってきたのだ。人々はかたずをのんで、月が姿を現すのを待った。ゆっくり、ゆっくりと、オレンジ色の光は木々をぬけ、空にあがっていき、ようよう煌々と輝きを放つ丸い月が、その全貌を現した。人々は歓声をあげた。この日は本当の十五夜で、美しい満月だった。
「綺麗!」
「凄い!」
「令月だね!」
月の美しさを褒めそやす人々の声が重なり合った。
「Oh, …… it's beautiful!」と、外国人の観光客も歓声をあげた。
彼は、それまで空しい想いでいたが、大きく空にあがった満月を見て、胸が高鳴った。この月に逢うために来たのだ。彼は、舞台に献じられた花を見、空の満月を見、胸に去来する想いに圧倒され、激しいめまいを覚え、倒れそうになった。慎重にゆっくりと歩き、岸辺のベンチを見つけ、やっと腰をおろした。
あたりは段々と暗くなり、やがて夜のとばりに包まれた。雲一つない晴天の空に、満月は高く高くあがっていった。空高く昇るにつれ、昇ってきた時のオレンジ色から、月はその色を変化させ、今や純白の清らかな輝きを放っていた。人々は、あちこちでスマホを掲げ、月を撮ろうとしているが、上手く写らないと口々に騒いで いる。
「『月々に 月見る月は 多けれど 月見る月は この月の月』よね!」と若い女が言った。
「それよりも、『あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月』だよ!
これは明恵上人(みょうえしょうにん)の歌で、明るいな、本当に本当に明るい月だな、っていう意味だよ」と、連れの男が言った。二人は手をつないで、微笑み合って歩いて行った。
ここにいる誰もが、令和元年の令月を感慨深く眺め、興奮し、幸せに酔っていた。
「ママ! 見て! 金色の蝶々が飛んでる!」
「えっ? どこ? どこにもいないじゃない。坊や、何言ってるの」
「ほら! あんなに光って綺麗だよ!」
「もう秋よ。蝶々なんて、いるわけないでしょ」
そう言って、親子が彼の前を通り過ぎて行った。
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大手の不動産会社に勤める一級建築士
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